3.
遅い。
…遅すぎる。
あんなに急いで帰ったというのに、新しいピアノの講師が来る気配は無く。
私は30分間、テレビの前でぼうっとしながら待ち惚けしていた。
初日から遅刻だなんてありえない。
母親が、呆れて外に様子を見に行った。
途端、ベルが鳴ってドアを開ける音がして。
母親はさっきまでの態度とは打って変わり、甲高い声をあげてから先生を家に招く。
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『お邪魔します』
低い男性の声がして。
声の方向をみて、
私はおもわず息を呑んだ。
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母「あんた何ぼっとしてんの。
早く先生にご挨拶しなさい!」
『いいんですよ。お気になさらないで下さい』
艶のあるチョコレート色の髪に、筋の通った美しい鼻筋、凛々とした大きな瞳、濡れたような紅い唇。
視線が絡んだ。
ドクン、と脈がたった気がした。
とめどなく流れる時間が、私たちの周りだけスローモーションになったような、
そんな感覚を味わう。
どこか歯痒くて、私は視線を他の所へ追いやった。
この人、どこかで見たことある。
ううん、”どこか”じゃない。
ついさっき、大学で注目の的になってた”元イケメンピアニスト”だ。
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母親はイケメンにめっぽう弱く。
あとで来たら、遅刻したことを注意してやろうとまで言っていたのに
先生がイケメンだと分かると、引きつっていた顔は緩み、デレデレ状態。
イケメンは罪だとこの時本気で思った。
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