生後3ヶ月でした手術以来、
生死を彷徨いながら頑張ってきた娘は、
すでに9ヶ月に成長していた。
膿み、
発熱、
赤み、
に注意して、何かあればすぐにICU当直に電話する約束がなされた。
退院してからは、
朝、夕の消毒を一人でどうしていくか…
朝もバタバタ落ちつかない。
パパが出社する前に、
娘を見てもらっている間に、
煮沸消毒と風呂場と脱衣所の処置の準備を整えた。
夕方は、昼寝の隙に、出来る準備を始めた。
義母がいる時は、見てもらいながら煮沸を始めた。
とにかく泣く子だったので、
泣かせたら心臓が苦しくなる。
煮沸は危なくて、抱っこしながらは出来ない。
離乳食は、一気に作って冷凍したり、粉末を使い手抜きした。
母乳が止まったのは幸いだった。
また搾乳と消毒を続けていたら大変なことになっていた。
慌ただしい毎日でも、
間違いのないように、
ガーゼ、テープ、ピンセットの仮置き用の瓶、ピンセット、汚染した場合用の予備のピンセットを整えた。
息を整え、押さえつけて、洗浄して集中してガーゼを詰めるを繰り返した。
赤子の世話に加え、朝夕とこの処置がある為、とても忙しかった。
周りの赤ちゃんが、毎日散歩して遊ぶなか、そんな余裕はなかった。
胸も開いているうちは、外出が怖かった。
傷から何か変なばい菌が入ったら大変だ!
外科外来は頻繁に行われた。
長い入院のおかげで、必要に狭られ、病院までは運転が出来る様になった。
外来に行くたび、見てもらえるという安心感が私の緊張を解いてくれた。
医師から、順調と言われると、すごく安心した。
外来では、同じ感染仲間と会い、
胸の閉じ状況や膿について確認しあった。
この頃の精神状態は、どんな状態だったかな…
頼れるのは自分だけ!とピリピリしていた。
鬼になってやるんだと、自分のお尻を叩いた。
常にアドレナリンが出ていた。
不安に囲まれておかしくなる精神を、アドレナリンで突き返していた。
まずは、早く胸が閉じることを願った。
次に一歳まで生きられるように願った。
外科外来は頻繁に行われた。
長い入院のおかげで、必要に狭られ、病院までは運転が出来る様になった。
外来に行くたび、見てもらえるという安心感が私の緊張を解いてくれた。
医師から、順調と言われると、すごく安心した。
外来では、同じ感染仲間と会い、
胸の閉じ状況や膿について確認しあった。
この頃の精神状態は、どんな状態だったかな…
頼れるのは自分だけ!とピリピリしていた。
鬼になってやるんだと、自分のお尻を叩いた。
常にアドレナリンが出ていた。
不安に囲まれておかしくなる精神を、アドレナリンで突き返していた。
まずは、早く胸が閉じることを願った。
次に一歳まで生きられるように願った。