処置だけで終わる毎日 73 | 心臓病児と家族のオフロードレース

心臓病児と家族のオフロードレース

お腹の赤ちゃんの心臓がおかしいと言われてから、ガタガタ道のオフロードレース。途中棄権できたらどんなにいいか…
しかし、棄権をすることは出来ない。命の灯火を消してはならない。ならば思い切り輝かせよう!!家族の想い。幸せと葛藤。そんな伝えるべき体験を!!


ついに!ついに退院!!

生後3ヶ月でした手術以来、

生死を彷徨いながら頑張ってきた娘は、
すでに9ヶ月に成長していた。

膿み、
発熱、
赤み、
に注意して、何かあればすぐにICU当直に電話する約束がなされた。

退院してからは、
朝、夕の消毒を一人でどうしていくか…

朝もバタバタ落ちつかない。

パパが出社する前に、
娘を見てもらっている間に、
煮沸消毒と風呂場と脱衣所の処置の準備を整えた。

夕方は、昼寝の隙に、出来る準備を始めた。

義母がいる時は、見てもらいながら煮沸を始めた。

とにかく泣く子だったので、
泣かせたら心臓が苦しくなる。

煮沸は危なくて、抱っこしながらは出来ない。

離乳食は、一気に作って冷凍したり、粉末を使い手抜きした。

母乳が止まったのは幸いだった。
また搾乳と消毒を続けていたら大変なことになっていた。

慌ただしい毎日でも、

間違いのないように、
ガーゼ、テープ、ピンセットの仮置き用の瓶、ピンセット、汚染した場合用の予備のピンセットを整えた。

息を整え、押さえつけて、洗浄して集中してガーゼを詰めるを繰り返した。

赤子の世話に加え、朝夕とこの処置がある為、とても忙しかった。

周りの赤ちゃんが、毎日散歩して遊ぶなか、そんな余裕はなかった。

胸も開いているうちは、外出が怖かった。
傷から何か変なばい菌が入ったら大変だ!

外科外来は頻繁に行われた。

長い入院のおかげで、必要に狭られ、病院までは運転が出来る様になった。

外来に行くたび、見てもらえるという安心感が私の緊張を解いてくれた。

医師から、順調と言われると、すごく安心した。

外来では、同じ感染仲間と会い、
胸の閉じ状況や膿について確認しあった。

この頃の精神状態は、どんな状態だったかな…

頼れるのは自分だけ!とピリピリしていた。
鬼になってやるんだと、自分のお尻を叩いた。
常にアドレナリンが出ていた。
不安に囲まれておかしくなる精神を、アドレナリンで突き返していた。

まずは、早く胸が閉じることを願った。
次に一歳まで生きられるように願った。