NHK「100分de名著」ブックス パスカル パンセ | リフレッシュコミュニケーションズ 吉田幸弘

NHK「100分de名著」ブックス パスカル パンセ

 

こんばんは。

 

 

コミュニケションデザイナーの吉田幸弘です。

 

 

今日のおススメの書籍です。



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■NHK「100分de名著」ブックス パスカル パンセ
■鹿島 茂 (著)
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「人間は考える葦である」という言葉で有
名なパスカルの「パンセ」。


逆にそれしか知らないということで、パンセ
の解説書を読んでみることにしました。


『パンセ』はパスカルが生前に考えを巡ら
した草稿の中から遺族や編者が宗教や
道徳、政治、言語などに関する文章を
選び出して編纂した随想集だそうです。


パスカルが一気に書き上げたものでは
ないので、最初から最後まで読み通す
のが難しいと言われています。


感じたのは、人間の欲求は今も変わっ
ていないということで、人は承認された
いということです。


確かに承認されていないことで、メンタ
ルを崩してしまう人は少なくないもの。


そんな承認欲求を自分の中でどうコ
ントロールしていけばいいかに気づかせ
てもらえる一冊でした。


それでは特に参考になったエッセンスを
ご紹介していきます。


●彼らは考える。


もし、あの地位を得ることができたなら、
そのあとは喜んで休息を取ることにしよう、と。


彼らは知らないのだ、自分の欲望がどれ
ほど貪婪な性質を持っているかを。


だから、自分は心の底から休息を欲して
いると思い込んでいるのだが、実際に求
めているのは、興奮することなのだ。


彼らには一つのひそかな本能があり、そ
れが彼らをして、気晴らしと仕事を自宅
の外に求めさせるのだが、それは自分た
ちの永遠に続く惨めな状態の予感から
来ている。


(断章139)


「これって、暇よりも忙しいほうがましだっ
てことですか?」


「まあ、そうね。休息は労働があるから
楽しいので、毎日が日曜日じゃあ、
人間を腐らせてしまうのね。


ここにあるように、わたしがいまから一番
恐れているのは、定年退職してからの
ことなのよ」


「『自分たちの永遠に続く惨めな状態』
って、するべき仕事がなくなった定年退
職後の人生のことですか?


それって典型的なワーカホーリックの発
想じゃないですか?」


(P47~48 引用)


休息は必要だが、暇すぎると余計な
ことを考えてよくない。


なので仕事が休みだからボーっとするの
ではなく、別のことをやって気分転換す
るのがいい。


それもスポーツや推理小説を読むなど、
集中できるものがいいですね。


●わたしたちは、自分の中に、すなわち
自分自身の存在の中に持っている生活
では満足できない。


わたしたちは、他人の頭の中で、イマジネ
ールな生活をしたいと思っているのだ。


そのために、見てくれに気をくばる。


わたしたちのイマジネールな存在を他人の
頭の中でより美しくし、そのままに保ちた
いと考えて、いつも一生懸命に働き、本
当の生活というものをなおざりにしてしま
うのである。


(断章147)


(P59 引用)


人の目ばかりを気にしていると疲弊して
しまう。


確かに評価は他の人がするものかもしれ
ない。


だからといって評価を得ようと媚を売るの
は本末転倒。


それよりも自分自身が最善のベストを尽
くす。


そうすることで、自然に評価も上がるもの
です。


●虚栄というものは人間の心の中に非常
に深く錨を降ろしている。


だから、弊誌も、従卒も、料理人も、港湾
労働者も、それぞれに自慢ばかりして、賛
嘆者を欲しがるのだ。


さらに哲学者たちも、称賛してくれる人が
欲しい。


また、そうした批判を書いている当人も、
批判が的確だと褒められたいがために書
くのだ。


また、その批判を読んだ者も、それを読ん
だという誉れが欲しいのである。


そして、これを書いているわたしですら、おそ
らくはそうした願望を持っているだろう。


また、これを読む人だって・・・・・。


(断章150)


「これって、最近の心理学で、『自己認知
欲動』って呼ばれているものですよね。


パスカルはもうこのときから、この『ドーダ、
すごいだろう。みんな、認めてくれ、わたし
のすごさを』というのが人間の根源的欲
望だって言ってたんですか?」


(P64 引用)


確かに知って欲しいという欲求はあるなと、
ドキッとさせられた部分です。


ですから、部下の行動や結果を承認するのは
リーダーが必要ということでもありますね。


●話はうまいのだけれども、書くのがへたな人
というのがある。


それは、話す場所があり、聴衆がいることが
その人を熱くし、その人の精神から多くを引
きだすからだ。


ところが、話す場所や聴衆がいないと、その人
は熱くなれないので、精神から何も出てこない
のである。


(断章47)


「たしかに、こういう人もいます。


酒場で話を聞いていると抜群におもしろいの
で、執筆を勧めたら、まったく箸にも棒にもか
からないものを書いて寄越しました。


しゃべることと書くことはまったく別なのですね」


(P83 引用)


話をするときは身振り手振りなども使えるが、
書く場合は伝わるのはひたすら言葉のみです。


この言葉で相手は情景を描写できるかなど
と考えて書く必要がありますね。


●「時代は苦しみを癒し、争いを和らげる。


なぜなら人は変わるからである。


人はもはや同じ人ではない」


(断章122)


この言葉は、デカルトの「我思う、ゆえに我あ
り」という言葉に対する、実に鮮やかなアンチ
テーゼだと思います。


「我思う、ゆえに我あり」とは、「私は私である」
という自己同一性が「私が存在する」ことの
根拠である、ということを意味します。


世界がいかに変わっても、「私」は「私」として
同一性を保っている。


だから「私」は実在しているのだ・・・・・と、
デカルトはこう言っています。


現代社会では、自己同一性や一貫性とい
うものが重視され、自分の考えを貫き通す
ことが美徳とされますから、一貫性のないこ
とを言うと「この前言っていたことと違うじゃ
ないか」と怒られてしまいます。


しかし、実際の「私」は絶え間なく変化して
いるのですから、記憶だって塗り替えられて
いるかもしれません。


「今日の私」は「明日の私」とは違い、「昨日
の私」とも違うのです。


そう考えると、自己同一性や一貫性などと
いうものは幻想でしかないと言えます。


(P147~148 引用)


人は日々進化しています。


一貫性に過度にこだわる必要はありません。


意見を変えるのも、理由があれば他の人は
納得する。


あのリーダーには朝令暮改だからついていけな
いというのは、日々他の部分でも信頼されて
いないからでしょう。


また、人はいつでもアップデートできるというこ
とでもありますね。

 

 

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