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ごった煮。

本は基本「ジャケ買い」ならぬ「表紙買い/借り」です。
「人は中身」とかあんまり思わないんだ。そのひとの気概や生きかたは外面に反映するはずだ。
あれ、二行めにして脱線した(・ω・)しょうもないなー


「きみはポラリス」

きみはポラリス/三浦 しをん

¥1,680
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とにかく表紙が可愛い。
しかしあまり期待しすぎるとあれなのではやる心を鎮めつつ読みましたが、そんな心配も無用、とてもすてきなお話たちでした。短編が11話収録されています。


このごろいわゆる「セックス/ジェンダーの問題」にすごく興味があります。
性別には「男/女」の二分法しかないってどうもしっくりこないのね。
インターセックスのひとたちみたいに切実に揺らぐ性別をもっているわけではなく、生物学的にとてもしっかり雌であるわたしなのになんだか「ああ性別ですか女です」ってきっぱり言えない。
性格もけっこう男っぽいし、男の子が着てるような服を着たいし、今いちばん気になる子は女の子だし。
だからと言って「男に性転換したい!」とか強くおもってるわけではない。気持ち的には男:女=7:3くらい。

おんなじように人と人の関係も「友情/恋愛」でほんとに区切れるの?って思う。
わたしにはその差がみつけられない。なんで「好き」ひとくくりじゃだめなんだ?


とかまあもんもんとしているわけで、そうすると一般的な恋愛小説とかはどうも座り心地が悪くなって面白く読めない。「男か女」でできた世界で「友情もしくは恋愛」という関係だけを描かれるとわたしの居場所がなくなっちゃう。


ところが「きみはポラリス」には、どうもひとことで「恋愛」とか「友情」とかくくれない関係がしずしずと綴られている。
とくに最後のふたつ「冬の一等星」「永遠に続く最初の一文」はよかった。
「恋」という言葉はしっくりこないけど、「愛してる」って表現してもいいくらい大切なひと(ときには同性)っているんだよなあ、わたしには。もちろん家族はべつで。
他のお話で男女の関係が描かれているものでも、ふたりの関係や想いがすごく深くて恋というより愛だなあと読んでいて思う作品ばかりでした。異性であるから惹かれるのではなく、もっと心の芯と芯で「人として」ふれあっているとでも言えばいいのか。「彼氏彼女」みたいなのは後からついてくるものだと思う。
三浦しをんさんはこんなふうに異性でも同性でも想うひとなんだろうか。だとしたらとても素敵だ。

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昨晩は友だちの家にお泊まりしました。
彼女がアジカン愛だからいっぱい聴かせてもらった!偶然にも同じmp3プレイヤーを持っていたので落とさせてももらった(^ω^)わーい

しかし山本さんの絵はすばらしい。壮観だね!といいながら並べて愛でてました。


折り返しを見たら作者のお姉さんが美人で驚いた。

九つのお話が収められた短編集で、日常のなかにある小さいけれども大切なできごとや転換点が人物の心情をていねいに描きながらつづられています。
食べ物や家の描写がこまかくて、わたしにはなじみのないインド風の暮らしですが情景がよく浮かびました。
物語は秋風が吹くような寂しさを感じさせる結末が多いですが厭味な感じではありません。生きていれば避けされない悲しみをちょうどよい(わたしには)テンションで書いているように思います。
訳もあっさりしていてとても読みやすかった。女性的な文体にしなかったことがかえってこの作品の魅力を高めたと思います。

六つめのお話「セン夫人の家」にとても心に響く言葉がありました。
セン夫人はインドから夫の転勤に伴ってアメリカへやってきた老齢の女性で、昼間の仕事として主人公である小学生の男の子のシッターを始めます。学校が終わると少年は夫人の家に行き夫人が大量の野菜の皮むきをするのを見ながら話をします。
ある日、セン夫人はにぎやかな故郷を思い出して今いる場所の静かさを嘆きます。静かで眠れないことすらある、と。そしてふと漏らします。
―――「ねえ、いま胸が張り裂けそうに叫んだら、誰か来てくれるかしら」

静かな口調でこぼされた言葉、でもその中にある切実な想いに胸を打たれました。
わたし自身そんなふうに思う夜がたまにあります。誰でもいいからそばに来て、って。

これもまた、秋の夜長に読むには良い本だったなあと思いました。

停電の夜に (新潮文庫)/ジュンパ ラヒリ

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