占い(大陸系)のできる友人がいる。

2月10日の朝、共通の友人からLINEが来て
「2月14日、和歌山沖の南海トラフに注意、と彼が言ってるよ」
と教えてくれたので、備蓄のチェックやガソリン・灯油の補給など準備していた。

そしたら、その日の夜、オーストラリアの東でM7.7の地震が起きた。

おお…これか!?

でも、この場所で地震が起きたあと日本で地震が起きるパターン、時々あるよな。

ということで、引き続き気にしていた。

そうしたら昨日の夜、M7.3(震度6強)の地震が日本で起きたので…ビックリ。

四国、九州、沖縄以外の全地域で揺れたみたいで、東日本大震災の時の震度分布図を思い出した。

専門家によると、この地震は東日本大震災の余震とのこと。(10年後に余震…)

被害に遭われた方にお見舞い申し上げます。
地割れや建物の崩壊、停電など起きているようですね。



同時に友達が教えてくれたのが、インドの少年占い師、アビギャ・アナンドくんの最近の予言。
(コロナウィルスのことを的中させ、有名になった人。)

2月10日ごろ惑星直列が起こるので、世界に大変化や経済危機が起き始める。
日本にも大地震が来ると言っているらしいと。

惑星直列は引力や重力のバランス崩れを呼ぶので、大地震が起きやすいという説と、関係ないという説とあるみたい。

そういう影響ってあるのでは? と個人的には思っている。



もう一つ、もっと流動的で直接的な原因があると学んでいる。
こちらは、人間の努力でそれを回避する可能性の幅がある。

1月7日「『秘密の法』講義」で話された大川隆法総裁の、その部分を抜粋してみます。


地球(意識)から見れば、この地表に、本来の神仏の心も地球の心も分からないような人たちがいっぱい蔓延っているわけなので、これを何とかして浄化したいという気持ちを持ってるわけなんですね。
天変地異が起き、地震や津波や疫病、バッタ、いろんなものが出てくるような現象が起きてくるわけです。


1995年、社会党の村山総理の時、年始に伊勢神宮に参拝しなかったら、1月17日に阪神淡路大震災が起き、慌てて後から閣僚をみな連れて伊勢神宮にお参りしたという事例を引かれ、今年、菅総理は1月4日の伊勢神宮にお参りするの、密になるといけないからと行かなかったけど、(天上界の)天照大神様系統が、それをどう思われるかは、今年を見れば分かると言われた。


あの世から、霊界があることを知らせよう、あるいは神仏、高級神霊がいることを知らせようとするけど、この世の人たちの自由(意志)に任せなきゃいけないところもあるので、それを乗り越え、時々サイン、象徴みたいなものを起こして「感じ取れ」と言う。
その時、宗教的リーダー、政治的リーダーが出てきて、みんなを引っ張っていく。そして世の中の方向を変えるという仕事が起きる。(神仏は)そういうやりかたを長年とってきてるんです。
みんながそれを感じ取るようになるかといったら、それはならない。


このように、昔から、政治や人心が神の心と違う方向に行き始めたら、飢饉や災害、疫病などが警告として起きると言われている。
その相関図をネットで見たことあって、たしかにそうなっていた。

不思議だけど、人の心(集合想念)と天変地異は、連動している。





「『秘密の法』講義」では、こんなことも言われた。


釈迦の時代、インドのある町で疫病が流行った時、釈迦が水に呪文をかけ、聖水にし、それを町にかけて歩いたら、清められて疫病が収まったということがあった。

空海の時代にも、いなごの害が起き、作物が荒らされた。空海が護摩壇の上で修法を行じたら、居なくなった。

天然痘が流行った時、奈良の大仏もできている。(こんな時は)信仰心が高まる時期。

悪い事ばかりと思わずに、人類が神仏への信仰心を失った時、いろんな悪い事が起こるので、信仰心を取り戻して、新しい信仰を立てる時期であると考えたいと思います。


天変地異のたびTwitterで「大仏建立」がトレンド入りする。
ネタで言ってる人と、本気で言ってる人といるだろうけど、天変地異を鎮めるため、国民に呼びかけ寄付を募って大仏建立事業を始めることは理にかなっている。
そのためにお金をお布施するという行為は、信仰心を行動に移したという意味で尊いし、神仏に念いが集まってくるということでもある。
そんな集合想念が形成されたら、(波長同通の法則により)神のポジティブ・エネルギーが地上に降りやすくなり、その国の運勢は好転していくだろうなと思う。



地震が起きないよう願うことは大事。
そのためには、本当の原因を知り、一人ひとりが生き方を変えることが一番の近道なのだろうと思う。



【追記】

こういう話でよく分からなくなるのが、神には2つの顔があり、神様の言うことを聞かないと罰が与えられる。だから神様怖い…となること。

私も昔はそんな感じだったけど、時間をかけ、だんだん変わってきている。

一つは、今までの半生を振り返る瞑想を続け、人から愛された場面や奇跡が起きた瞬間などを中心に思い出していくと、光の蓄積ができ、心の傷や自己嫌悪、自己処罰的な部分が消えてくるということ(神様に愛されている実感が積み上がってきている)。

もう一つは、神仏の尺度というのは、地上の人間と違うということの理解。
この世に生きている人間は、動物的本能がどうしてもあるので、危険から身を守りたいというのが先に立つ。
神仏は、この世は仮の世で、魂を磨くために生まれているという霊的観点で人間を導く。生死を超えた魂の救済を考えている(肉体より、魂が健全であることのほうが大事という意味)。
このモノサシの違いがあり、価値観とかモノの考え方、傾向性、カルマなどをガラッと変えさせるため、時には肉体生命の危機を感じさせることもやむなしとされる部分もある(特に文明の変わり目)。
これは、人間の側も受け入れざるを得ない。この転生輪廻のシステムの中に生かされているのだから。

つまり、これは(罰ではなく)神の大きな愛の一つであるということ。

優しいだけの愛では埒が明かない場合、厳しい愛というのもありうる。

あの世はない、神仏もいない、宗教は皆インチキ…という価値観は、魂の死。
肉体の死より、こっちのほうが怖い。
肉体は焼かれれば終わりだけど、魂の死とは地獄へ行って苦しむ状況になること、間違いに気付くまでそれが続くということ。

この世の危機は、魂の成長のための最大のチャンスという神仕組み。

そのための法、講演会、経文、経典、書籍、映画、音楽、修法、祈願、政治活動など、すでに与えられている。

ノアの方舟に当たるのが、こうした光を増幅させる活動。

人智を超える出来事、同時に、それを超える大きな救済。

危機の時代に、救いは必ず来るもの。