アサギ『さて、もうすぐ文化祭だ。皆で頑張ろう』
それからしばらくして、アサギが通っている学校では文化祭の時期になった。
文化祭では、演劇をやるつもりで、クラス全員は役作りや演技に気合いを入れていた。
アサギ『…ふぅ、材料はこれでいいかな?』
『ありがとう委員長、助かるよ』
アサギ『いよいよ明日が本番だもん、皆頑張ろうね!』
浅野『あ、あのさ斑目くん…』
アサギ『ん?』
すると浅野が声をかけてきた。
何やら申し訳なさそうな顔をしていた。
浅野『悪いけど…今日は早めに帰って良いかな?母さんの容態が、良くないんだよ。様子を見たいと思って…』
アサギ『え?』
明日の本番に向けて色々準備をしていると言うのに、浅野が早めの帰宅を希望してきた。
思えばここ最近、浅野だけ帰宅が早い。
演劇の練習がまだ終わってないのに、浅野が誰よりも早く帰宅していたところを、何度も見たことがある。
正直、困っていた。
アサギ『母さんの様子って…そんなに悪いの?』
浅野『悪いって言うほどじゃ…』
アサギ『だったらまだ良いじゃないか。明日は文化祭の本番だよ?練習や準備が終わった後でも行けるだろ?』
浅野『けど…』
アサギ『浅野くんさぁ、いつも早く帰ってるけど…浅野くんがやり終えてない仕事、皆でやってるんだよ?申し訳ないと思わない?』
浅野『そ、それは……』
アサギ『今日だって明日の本番に向けて準備とか色々してるのに、1人だけ帰るなんて、許されないよ?』
浅野『ご、ごめん……』
アサギに帰ることを断られて、浅野は肩を落とす。
浅野の母親の容態は、アサギも知っている。
身体が弱いながらも、浅野やその下の兄弟達を1人で育ててきて、つい最近倒れたそうだ。
医者も「疲労」とは言っていたが、回復の様子はない。日に日に弱っているそうだ。
『…なんだよあいつ、浅野がどんな状況なのか知ってるくせに』
『家族の時間を優先して何が悪いのよ』
『あんな言い方ないよね…』
『てか、俺ら別に困ってないし…』
浅野の希望を断った様子を、他のクラスメイト達は見ていた。
アサギの言動には、納得が行かなかった。
そして翌日、文化祭当日になった。
ところが、その直前で事件が起きた。
アサギ『…え?浅野くんのお母さんが?』
そう、浅野の母親が亡くなったのだ。
昨日、浅野が文化祭の準備を残っている間に、母親は亡くなったそうだ。
何度も浅野のスマホに着信が入っていたが、文化祭の準備で見る暇も無く、浅野は母親と最後に会うことが出来なかった…。
担任『今日から…浅野はしばらく学校を休むことになった。申し訳ないと言っていたよ…』
担任が朝早くに報告をして、アサギは知った。
浅野の姿はない、本当だ。
アサギ『そんな…今日の劇はどうするんです?1人欠けたら、出来ませんよ?』
『…はぁ?何言ってんだよお前』
アサギ『!』
こんな状況でも、アサギは文化祭の心配をしていたと思われたのだろう。
クラスメイト達から、批難の声が上がる。
『今それどころじゃねぇだろ?』
『浅野の母親が死んだってのに、文化祭かよ』
『浅野くん可哀想』
『てか、浅野の母さんが死んだのお前のせいだろ?』
アサギ『!?』
『そうだよな、昨日帰らせてやれば良かったのに』
『浅野くんのお母さん、すごく容態が良くないの知ってたくせに』
『俺らは別に困って無かったのに、嘘つきやがって』
『何がルールだよ、偽善者が』
アサギ『…!』
その日はもう、文化祭どころでは無かった
アサギに嫌気が差して、演劇も全員がボイコットをして、演劇は行えなかった。
しかも、それだけでは終わらず…
『浅野くん、学校辞めちゃったって』
『働いて弟達を育てなきゃならないって聞いたぜ』
『結局学校に来なかったなぁ…』
『…あいつのせいだよな、あの偽善者の』
浅野が母親を亡くして、そのまま学校を辞めた。
弟たちを育てなければならないと、働きに出るしか無かった。
アサギ『そ、そんな……辞めるなんて……』
アサギが断ってしまったとはいえ、浅野には申し訳ないことをしたと思った。
だがそれを、クラスメイト達はアサギのせいだと責め立てた。
アサギ『ちょっと、ネクタイはどうしたの?ネクタイはしないと…』
『はぁ?なんで偽善者の言うこと聞かなきゃならねぇんだよ』
『浅野くんが辞めたのあんたのせいでしょ』
『ルール、ルールって…自分が偉いと思ってんのかよ』
アサギ『なっ…』
次第にクラスメイト達はアサギの言うことを聞かず、全員から避けられ、孤立して行った。
その様子を見て、アサギはようやく理解した。
人の行動をルールで縛り、大切なものを奪った。
自分がやっていたのは、「悪」だったんだと……。