真アゲハ ~第66話 伊能 孝朝6~ | 創作小説「アゲハ」シリーズ公開中!

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「アゲハ族」
それは現在の闇社会に存在する大きな殺し屋組織。しかし彼らが殺すのは「闇に支配された心」。いじめやパワハラ、大切な人を奪われた悲しみ、怒り、人生に絶望して命を絶ってしまう…そんな人々を助けるため、「闇に支配された心」を浄化する。



伊能「…おやっさん、お呼びでしょうか?」

輝人達が話しているその頃、伊能は再び三船に呼ばれた
三船は瀬戸組事務所の仏壇の前に、正座をしていた

伊能「おやっさん?」

三船「…なぁ伊能、お前は俺の事をどう思っている?」

伊能「え?」

仏壇に顔を向けたまま、伊能に話しかける
その声はどこか、寂しい感じがした

伊能「どう思っているって…」

三船「…瀬戸の親父と違って、情けないと思わないか?」

伊能「!え…なんでそんな……」

三船「良いんだ、正直に言ってくれ。俺は瀬戸の親父と違う。全く、頼りない男だ」

目の前の仏壇は、瀬戸組前組長の瀬戸の仏壇だ
先月亡くなり、当時カシラだった三船が新たに瀬戸組の組長となったが、その直後に鮫津組と揉めて、仲間を石にされ、さらには組内で窃盗事件が発生している
立て続けに事件が起きて、精神的に辛い状態になっていた

三船「瀬戸の親父が亡くなって、これから頑張って行こうと思った矢先にこれだ。仲間も救う事が出来ず、事務所の金も無くなって、何とかしようとして考えていたら、お前は俺に相談せずにあの探偵を連れてきた」

伊能「そ、それは…申し訳ありません」

三船「俺はやっぱり頼りない男だ。そりゃ俺は船酔いはするし、カナヅチだし、海ヤクザには向いてねぇ…。瀬戸の親父の様に、引っ張って行こうと思ってたのに…、こんな情けない男が親父で、すまなかったな…っ」

伊能「…!」

三船の声が震え、鼻声になる
そしてキラリ…と何かが眼から流れていくのが見えた
泣いているのだ
組を守れない自分が情けないと、悔やんでいることが伝わってくる

伊能「……相談せずに、輝人を呼んだのは申し訳ありません。この事件の事に、少し詳しい者を連れてくれば、何とか出来るかと思い、勝手なことをしました」

三船「もう良いんだ、それは…」

伊能「でも、俺は三船の親父が、情けないなんて思ったことはありませんよ」

三船「……え?」

伊能の言葉に三船は振り返る
その時の伊能の顔は、真剣な顔つきになっていた

伊能「船酔いが何です?カナヅチが何です?…そんなの、恥ずかしいことじゃありませんよ。影山のカシラや鬼嶋だって陸酔いしますし、恵介だって泳げないですよ」

三船「それはそうだが……瀬戸の親父の様に、皆を引っ張って行ける自信が…」

伊能「……これは、俺が前に兎田組にいた時に、兎田組長から聞いた話なんですが」

三船「うん?」

伊能はとある思い出話をした
それは以前伊能が兎田組にいた時の話だった

伊能「…当時の俺は、一番慕っていた兄貴を亡くして、その兄貴の様に舎弟を引っ張って行こうとして行動したことがありました。でも、思うように上手く行かず…俺は兄貴みたいになれないんだと落ち込んでいました」

三船「そんなことが…あったのか?」

伊能「そんな時に、兎田組長が相談に乗ってくださって…そしたら、ありがたい言葉を受け取ったんです」

三船「ありがたい言葉?」

興味を持ったのか、正座を崩して伊能に近付く
伊能はすぐに受け取った言葉を言った

伊能「…“そいつになれないなんて分かっている。伊能は伊能らしく、舎弟を引っ張れる兄貴を全うすれば良い。新しい兄貴像を作ってやれば良いんだ”って…」

三船「…!」

伊能「…その時、肩の荷がだいぶ軽くなりまして、兎田組長の言う通りだなって思ったんです。俺はどう頑張っても兄貴になれない。だけど、伊能孝朝と言う新しい兄貴を作ることは出来る。そう考えると、新しく自分を伝えるのもいいなって、安心しました」

三船「兎田組長さんが…そんなことを」

伊能「三船の親父、親父は瀬戸の親父から、たくさんの事を学んでいるハズです。俺達組員の1人1人の性格を1番理解しているのは、紛れもなく、三船の親父です。それが分かっているからこそ、瀬戸の親父は、貴方を組長にしたんだと思います」

三船「…!」

伊能の話を聞いて、三船はハッとした
三船は瀬戸組に入って、一生懸命兄貴として動き、瀬戸の組長から視野の広さと組員を愛することを学び、人としてどう生きるか任侠を学んだ

伊能の言う通り、自分は瀬戸の組長みたいになれないかもしれない
だがなれなくて良いんだ
これまで学んできた事に、三船彪悟と言う人間を掛け合わせば良いんだと実感した

三船「……分かっているハズだったんだがなぁ…。すっかり忘れていた…っ。ありがとうな、伊能…。おかげで少し、自信が持てた気がしたよ」

伊能「……いいえ、出過ぎた真似を致しました」

最後に伊能は土下座をして、三船に謝罪した





南知多町に面する海の向こう
そこには、謎の岩山があった
その岩山の表面は、波の様な模様と飛沫があり、ところどころ鋭いところもある
そんな岩山の中から、声が聞こえる
洞窟の様な内装で、ところどころ明かりがある

佐々江「親父ぃ!あの瀬戸組の連中が、変なの連れてきたぜぇ!」

ー鮫津組 若頭
 佐々江 夫二(39)ー

その岩山の中には、男達が一杯だった
ここは、鮫津組のアジトだ
佐々江が話しているのは、鮫津組の組長の鮫津海若だ

ー鮫津組 組長
 鮫津 海若(56)ー

鮫津「…変なの、と言うのはなんだ?」

佐々江「片目に変な眼帯付けた野郎だったんだ!俺に火をぶつけやがって…!おかげで自慢のストレートヘアーがこんなチリチリになっちまったんだよぉ!」

鮫津「ふん、お前の髪型などどうでもいいが…そいつらに殺られてノコノコ帰ってきたと言う訳か」

「ヒィッ!お、親父…!も、申し訳ありません…!」

鮫津「フンッ!」

ギロッ!と特徴的な糸目が開く
その瞬間、鮫津の眼から強い光が放たれた

「あがが……!やめっ……  !」

その光に当たってしまった組員は、服も含めて、全身が石となってしまった

「ヒィィッ!」

佐々江「あーあ……」

これでお分かりだろう
鮫津が、瀬戸組の組員を石にしたネクロだった

鮫津「…火を使う奴だと言ったな?こちらに対抗するために呼んだとしか思えない…」

佐々江「お、親父?どちらに?」

鮫津「…“情報を与えてくれた者”と会ってくる。丁度約束の日だ、何か策をもらえるかもしれん。頼んだぞ」

そう言うと鮫津は岩山の外へと向かう
その先は海だが、近くに船着き場がある
船に乗ると、南知多町の港へと目指す

「ひぇぇ…!石になりたくねぇが、親父を怒らせると怖ぇなぁ…」
「でもこのアジトを作ったのも親父なんだぜ?この岩全部流れてきた“海を固めたもん”だからな」
「荒波や大波を上手く使って、こうして海の真ん中にアジトが出来た。これが本当は海だったなんて分からないし、何より外も岩と勘違いされてるからな」
「瀬戸組の連中、俺らを探しているみたいだが…そうは見つからねぇよな」

佐々江「お前ら何話してるんだ?さっさと持ち場に戻れ」

「しかし若頭!瀬戸組の連中、何か仕掛けて来ないですかね?」
「若頭をこんな風にさせるなんて…相当手慣れかもしれませんし」

佐々江「フンッ!次会った時は海の“もずく”にしてやるさ!」

「若頭、もずくじゃなくて“もくず”です」

佐々江「うるさい!大体、こんな時のために“この女”がいるんだ!忘れたのか!?」

「あ、そうでした…」

佐々江が騒ぐ後ろの方に、鉄製の檻が設置されている

その檻の中には、手足が石化した女の姿があった

?「……」