ルーブル美術館界隈
8月2日は、
13時にエッフェル塔で待ち合わせがあり
14時からは
ワンストーリーアワードジャパン2023ウエスト
のzoom SPL!
カフェに移動したいけれど
近くにそんな場所がないから
間に合う場所で受講します!!
公園⛲️かな。。。。
まずは、モノプリ オペラ店で
お土産の下見に行く途中、、、
レペット!!
娘を初めて連れて来た時、
娘にここで色々買ったなぁ。。。
11歳だった娘。。。
息子は4歳でした。。。。。
懐かしすぎる。。。
モノプリ、内部工事中で
小さく営業中でした。。。
ルーブル美術館方面に向かう途中、
ジャンヌダルク像。。。
奥はルーブルです
テュイルリー宮殿跡の
テュイルリー公園
の、観覧車
風が強い


ルーブル美術館をバックに。。。
ルーブル美術館のピラミッド


元旦の京都みたいに
人が並んでいます

あちこち工事中![]()
Parisの街並み、建築物が
好きすぎます❤️❤️❤️
パパありがとうございました


8月1日ロワールのお城巡りツアー❤️シャンボール城
待ち合わせ場所をメモして持参!
フランス語🇫🇷頑張れ、わたし!!
10年振りのParisは
みなさま、めっちゃナチュラルに
英語!!!
最近英語を勉強していて良かった!!!
待ち合わせ場所の
ホテルの前の道を渡った歩道に集合
寒かったです

雨上がりで風きつくて![]()
![]()
長袖二枚、ショール三枚、、、
ダウンジャケットの人いっぱい!
8月1日なんですけど。。。。。
ホテルは暖房効いていました![]()
この道を右折したら
バスが🚌待ってました
満席!
ビクターさんが私たちのご担当!
7時18分出発
日本人はわたしだけ。。。
フランス語のツアーだから
仕方ないですね


先ずはシャンボール城に向かいます
田舎道をしばらく走ります🚌
ヴァンドーム広場へ
ラペ通りからヴァンドーム広場へ。。。
リッツパリの前は相変わらず
観光客がカメラを構えていて、、、
出入りする人を撮影してる![]()
以前、家族で
一週間リッツパリに宿泊中、
どれだけ沢山のカメラに収まったことやら、、、
![]()
ルイ14世下のヴァンドーム広場
元々はヴァンドーム広場は
パリ市外に位置していました。
というのも、
アンリ4世時代はパリは
ルーブル宮とシテ島と
その近郊の3角形の地帯のみという
かなり制限された場所だったのです。
その後、ルイ14世の命の下、
パリ中心部と
その周辺へのアクセスを
より容易にする
豪華な広場を建立するという
視野の中で
ヴァンドーム広場の建設が
決定されました。
現在の広場の名は当時広場にあった、
今はもう存在しない
旧私邸の一つからつけられました。
太陽王ルイ14世は
ジュール・アルドゥアン・マンサールを
古典様式の広場建立の為に建築家として指名します。当時は
王の彫像が
中央にそびえ立っていました。
当時、広場は店などもなく、
すでに商人で賑わっていた
ラ・ぺ通りへも繫がることなく、
ただ銀行家や貴族の私邸のみが
立ち並んでいました。
そして、フランス革命が
広場に新しい活気を
与えるきっかけとなったのです。
ナポレオン統治下のヴァンドーム広場
フランス革命に伴い、
ヴァンドーム広場は
使用目的を転用され、
中央の王家の像は破壊されます。
次に、 誇張した政策で知られていた
ナポレオンは
広場とラ・ぺ通りを繋いだ
豪華な場を作り上げ、
この広場に再び活気を与えたいと
願いました。
そこで敵の大砲から円柱を作り、
広場から直接ラ・ぺ通りに繫がるよう
通りを塞いでいた
カプシーヌ教会を取り壊しました。
まさにこの教会が
ルイ15世に寵愛され、
精巧な宝飾品のコレクターであった
ポンパドール侯爵夫人が
埋葬された地だったのです、
それは未来の
世界的に有名な宝飾の場としての
広場の運命を彷彿させる
エピソードともいえます。
19世紀のパリオペラ劇場の建設と
ラ・ペ通りに至近
というロケーションから、
ヴァンドーム広場の魅力は
確かなものになりました。
フレデリック・ブシュロンは
広場に店を構えた一番最初の宝石商で、
それに続きカルティエ、
ヴァンクリーフ、ブルガリ、
ディオール、フレッド、
ピアジェ、ポワレ、
メレリオ・ディ・メレーなど
宝石の有名ブランドが軒を並べました。


































































