皇帝権が売られたのである。
城壁の上で値がつけられ、帝国の頂点が競り落とされるという前代未聞の出来事は、ローマという国家の本質を露わにした。
皇帝を決めるのは元老院ではない。
民衆でもない。
それは、軍であった。
この現実を最も早く、そして最も冷静に理解していた男がいた。
パンノニア軍団司令官、セプティミウス・セウェルスである。
彼は北アフリカ、レプティス・マグナの出身であり、ローマの古い名門ではなかったが、若い頃から元老院議員としてキャリアを積み、属州総督や軍司令官を歴任し、特にマルクス・アウレリウス の時代に頭角を現し、コモドゥス の不安定な治世を生き延びた、実務と軍事の両方に通じた人物であった。
ラテン語にはカルタゴ訛りがあったとも伝えられており、彼は帝国の周縁からその頂点へと上り詰めることになる。
193年、帝位が売られたという報が届くと、彼は迷うことなく軍団に語りかける。
「ローマは売られた」と。
この言葉は兵士たちの誇りを刺激し、軍団は彼を皇帝に推戴する。
こうしてセウェルスは帝位を求めるのではなく、帝国の秩序を回復するという名目のもとに進軍を開始する。
彼の進軍は迅速であり、ローマに到達する前に元老院はディディウス・ユリアヌス を見捨て、その処刑を決定する。
こうして彼は戦うことなく首都を掌握するが、ここで彼が最初に行った行動は極めて象徴的であった。
彼は近衛軍を解体したのである。
ペルティナクスを殺し、皇帝を売り渡した兵士たちをそのままにしておくことは、帝国そのものを否定することに等しい。
彼は彼らを武装解除し追放し、自らの軍団で新たな近衛軍を編成した。
この瞬間、ローマ帝国の構造は決定的に変わる。
皇帝を支えるのは元老院ではなく、軍であるという現実が制度として固定されたのである。
だが帝国はまだ分裂していた。
東には
ペスケンニウス・ニゲル、
西には
クロディウス・アルビヌス がそれぞれ皇帝を称していた。
セウェルスはここで冷静な判断を下す。
まずアルビヌスを後継者として取り込み敵を一人に絞ると、東方へ進軍してニゲルを打ち破り、シリアを制圧する。
そして勝利の後、今度は約束を翻し、自らの息子を後継者に据えてアルビヌスと対決する。
197年、ルグドゥヌムにおける決戦でアルビヌスを破り、帝国は再び一人の皇帝のもとに統一された。
こうして彼は内戦の勝者となるが、その評価はそれだけにとどまらない。
彼は対外戦争においても明確な成果を上げた。
東方ではパルティア遠征を行い、首都クテシフォンを攻略し、メソポタミアを属州として編入するという大きな戦果を挙げる。
さらに晩年にはブリタンニア遠征を行い、老いてなお自ら前線に立ち続けた。
彼は単なる軍人ではなかった。
実際にローマを強くした皇帝であった。
しかし彼は、帝国を無制限に拡張する道を選んだわけではない。
かつてトラヤヌスはローマ帝国を史上最大の版図へと押し広げたが、その広大な領土を維持する事は難しく、後に整理されることになる。
それに対しセウェルスは、拡張の限界を理解していた。
彼は領土を広げることよりも、維持できる形で帝国を強化することを選んだのである。
また彼は内政の多くを信頼する人物に委ね、その中心にいたのが皇后ユリア・ドムナであり、さらに近衛長官ガイウス・フルウィウス・プラウティアヌスは、ほとんど副皇帝とも言えるほどの権力を握っていた。
だがセウェルスは、必要とあればその側近すら切り捨てることをためらわなかった。
プラウティアヌスは最終的に失脚し、処刑される。
彼は約束を守る皇帝ではなかった。
必要とあればそれを破り、同盟すら切り捨てた。
だがそれでも彼は支持を失わなかった。
なぜなら彼は、誰に対して誠実であるべきかを知っていたからである。
それは元老院でも民衆でもなく、軍であった。
彼は兵士の給与を引き上げ、結婚を認め、軍の待遇を大きく改善した。
この政策は軍の忠誠を確実なものとし、彼の支配の基盤となる。
その一方で元老院の力は弱まり、ローマは次第に軍に依存する国家へと変わっていった。
それでもなお、彼の治世は安定していた。
193年から211年まで、およそ18年にわたる統治の中で、彼は内戦を終わらせ、外敵を打ち破り、帝国に秩序を取り戻した。
彼は理想を語る皇帝ではなかった。
だが現実を正確に見極め、その上で帝国を支配した皇帝であった。
■TKC044 RIC 168a


デナリウス / 銀貨
セプティミウス・セウェルス (Septimius Severus)
在位:紀元193年 – 211年
発行年:紀元200年頃、ローマ造幣所
重量:3.41 g
サイズ:19 mm
ダイ軸(Die Axis):1h
状態:GVF
表銘字
SEVERVS AVG PART MAX
「セウェルス・アウグストゥス、パルティアに対する最大の勝利者」
図像(表)
月桂冠を戴いたセプティミウス・セウェルスの頭部、右向き。
裏銘字
RESTITVTORI VRBIS
「都市の復興者へ」
図像(裏)
皇帝が左に立ち、右手でパテラを持って三脚祭壇に犠牲を注ぎ、左手に槍を持つ姿。
→ 皇帝がローマの宗教的伝統を回復し、都市を再建する姿を象徴。
晩年死を前にした彼は、息子たちにこう言い残したと伝えられる。
「兵士を豊かにせよ。他の者は気にするな。」
それは一人の皇帝の遺言であると同時に、
ローマ帝国が辿り着いた一つの真理でもあった。
