TKCコイン

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古代ローマ・地中海世界のコインを中心に、個人コレクションの記録と公開を行っています。
本ブログでは、日本ではまだ馴染みの薄い古代ローマのデナリウスを含め、小さな銀貨に刻まれた歴史や思想の背景を紹介しています。

クラウディウスは、ローマ史上もっとも誤解された皇帝の一人である。
それは能力の欠如ではない。
身体と外見、そして生い立ちが、彼を「侮られる役」に追いやったからだ。
幼少期のクラウディウスは、重い病に苦しんだ。
正確な診断名は分からないが、現代的に見れば小児期の神経疾患、あるいは脳性麻痺に近い症状だった可能性が高い。
足は不自由で、歩行はぎこちなく、手は震え、言葉は吃った。
表情の制御も難しく、緊張すると顔が歪む。
ローマ貴族社会において、これは致命的だった。
彼は笑われ、隠され、軽んじられた。
母アントニアは彼を「人として完成しなかった存在」とまで言い、祖母リウィアは公の場に出すことを避けた。
兄は理想の英雄ゲルマニクス。
甥は神話のような期待を背負ったカリグラ。
その中でクラウディウスは、「政治の外」に追いやられた。
だが、この排除こそが、彼を作った。
彼は、自分が皇帝になるとは思っておらず、歴史家になる事を夢見ていた。
エトルリア史、カルタゴ史、ローマ史、法、行政、属州統治等を学者として学んだ。
その過程で彼は「支配する技術」を、実務として身につけていった。
誰も見ていないところで。
カリグラが暗殺されたとき、元老院は共和政復活を夢見た。
だが近衛兵が選んだのは、議論の象徴ではなく、安定の象徴だった。
カーテンの陰に隠れていたクラウディウスは、偶然皇帝になった。
だが即位後、彼はすぐに「準備していた皇帝」であることを示す。
彼の統治は、派手ではない。
だが徹底して合理的だった。
法を整備し、属州行政を刷新し、財務を皇帝直属にまとめる。
貴族ではなく、有能な解放奴隷官僚を登用する。
これは元老院から強い反発を受けたが、帝国は明らかに安定した。
そして何より、クラウディウスの真価が発揮されたのが建築である。
彼は都市を飾るためではなく、都市を機能させるために建てた。
アクア・クラウディアとアニオ・ノウス。
巨大な水道橋によって、ローマは慢性的な水不足から解放される。
これは民衆の生活を直接改善した、実務的な偉業だった。
さらに決定的なのが、オスティア港の建設である。
ローマ最大の弱点は、穀物供給だった。
嵐が来れば船は入れず、港は浅く、首都はすぐに飢える。
クラウディウスはここに目を付けた。
人工港を造る。
灯台を建てる。
巨大な防波堤を築く。
これは皇帝個人の名誉ではなく、帝国の生命線を守る事業だった。
後にトラヤヌスが完成させる港湾整備の、明確な出発点でもある。
軍事面でも、彼は評価されるべきだ。
ブリタンニア侵攻。
これは単なる征服ではない。
「皇帝が帝国を拡張する」という、新しい皇帝像を示した行動だった。
クラウディウス自身が現地に赴き、凱旋式を挙げたのは、象徴的意味を持つ。
彼はまた、ローマ市民権を拡大し、ガリア人を元老院に迎え入れた。
ローマは都市国家ではなく、世界国家である。
この認識を、彼は制度に落とし込んだ。
だが彼は、人を見る目だけは完璧ではなかった。
メッサリナ。
アグリッピナ。
そしてネロ。
国家は読めても、身近な野心と悪意は読み切れなかった。
彼は死後、神格化される。
だがネロによって嘲笑され、道化の皇帝として語られるようになる。

■TKC027 RIC I² 113
デュポンディウス / 青銅貨
発行者:クラウディウス
Tiberius Claudius Caesar Augustus Germanicus
生年:西暦10年 – 没年:54年
発行年:西暦41–50年、ローマ造幣所
重量:10.64 g
サイズ:28.9 mm
ダイ軸(Die Axis):6h
状態:GVF
表銘字:TI CLAVDIVS CAESAR AVG P M TR P IMP P P
「ティベリウス・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス、最高神祇官、護民官職、インペラトル、父祖たる元老院議員」
→ 皇帝としての全称号と権威を列挙している。
図像説明(表)
左向きのクラウディウス帝の素顔の肖像。
月桂冠はなく、写実的かつやや硬い表情で表現されている。
裏銘字:LIBERTAS AVGVSTA / S–C
「アウグストゥスの自由」
→ 皇帝クラウディウスの治世における市民の自由を象徴する。
図像説明(裏)
リベルタス(Libertas:自由の女神)が正面向きで立ち、右手に解放を意味するピレウス帽(pileus)を持ち、左手を差し伸べる姿。両側に「S–C」の文字が入り、元老院の承認を経て鋳造されたことを示す。



吃音。
足の不自由。
操り人形。
だが、それは後世の印象操作だ。
クラウディウスの治世は極めて安定していた。
彼の治世がなければ、ネロも、フラウィウス朝も、トラヤヌスの繁栄も存在しない。
静かで、不格好で、誤解され続けた男。
だがローマ帝国が長く続いた理由を探すなら、必ず上がる名前がある。
それが、クラウディウスだ。