ローマ帝国の黄金時代は、すでに終わっていた。
コモドゥスは宮廷の陰謀によって暗殺され、帝国の長く続いた安定のあとに現れたのは権力の空白だった。
その空白を埋めるために選ばれたのがペルティナクス である。
彼は名門の出ではなかった。
父は解放奴隷の出身で、商人だったと言われる。
ローマの支配層としては異例の出自だ。
だが彼は軍務によって地位を築いた。
ブリタンニア、ダキア、シリアなど帝国各地で軍務と行政を経験し、やがて属州総督や都市長官を務める。
派手な軍功で名を上げた人物ではない。
だが堅実で、壊れない。
秩序を守る実務家だった。
哲人皇帝マルクス・アウレリウスの時代には、その誠実さによって信頼を得ていた。
元老院と宮廷は急いで新しい皇帝を必要とした。
そのとき人々が思い描いていたのは、ある前例だった。
かつて暴政のあとに帝国を落ち着かせた皇帝がいる。
五賢帝の始まりの皇帝ネルウァである。
老齢の実務家が皇帝となり、帝国を静め、次の時代を準備した。
偶然にもその時ペルティナクスもネルウァと同じ六十六歳だった。
ネルウァのような支配を人々は期待した。
元老院は彼を歓迎した。
帝国は久しぶりに、まともな皇帝を得たように見えた。
ペルティナクスはすぐに改革に取りかかる。
コモドゥス時代に乱れた財政を立て直し、宮廷の浪費を整理する。
軍紀を回復し、甘やかされていた近衛軍の規律を取り戻そうとした。
彼のやろうとしたことは、どれも正しかった。
だがその正しさは、危険でもあった。
問題は近衛軍だった。
本来は皇帝を守る親衛隊であるはずの彼らは、すでにローマ政治を左右する武装勢力になっていた。
コモドゥスの治世のあいだに特権と恩賞に慣れ、規律は緩んでいた。
ペルティナクスはそれを改めようとした。
それは兵士たちにとって、待遇を奪う皇帝に見えた。
193年3月近衛兵たちは宮殿へ押し寄せる。
数百人の武装兵士が皇帝を取り囲んだ。
逃げることもできた。
だがペルティナクスは逃げなかった。
彼は兵士たちの前に進み出て語る。
軍の名誉、国家の秩序ローマという共同体の意味。
兵士たちは一瞬ためらったとも言われる。
だが一人の兵士が槍を投げつけた。
それを合図に、皇帝はその場で殺された。
在位わずか八十七日。
人々は彼に、第二のネルウァを期待していた。
だがローマは、もはやネルウァの時代のローマではなかった。
元老院が皇帝を支える帝国は終わり、軍が皇帝を決める時代が始まっていた。
ペルティナクスは間違った皇帝ではなかった。
むしろ正しい皇帝だった。
だがその正しさは、この時のローマには耐えられなかった。
彼の死のあと、帝国は前代未聞の出来事を見る。
近衛軍が皇帝の座を売りに出すのである。
こうしてローマは混乱の年へ入る。
後に「五皇帝の年」と呼ばれる時代の始まりだった。
■TKC042 未取得
ペルティナクスは短命の皇帝だった。
だが彼は最後まで逃げなかった。
秩序を守ろうとして殺された皇帝。
それが、ペルティナクスだった。
