職業訓練(基金訓練)アロマセラピスト養成スクール -12ページ目

☆世界の植物療法の歴史について☆

皆さん、こんにちわ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
いつも、ご愛読ありがとうございます。


それでは今回は、世界の植物療法の歴史についてお話させていただきます。



メソポタミア古代王国の香り・・・


チグリス川、ユーフラテス川流域の肥沃な地域では、紀元前6500年頃から約2000年かけて狩猟文化から農耕文化へと移りゆき、紀元前4000年頃には世界最古の文明が発達しました。


薬の処方や祈りの言葉が書かれた粘土板や素焼きの蒸留器の原型などが発見されています。



当時は、医術が占星術や呪術と絡み合い、香りを焚き、呪文を唱えてから治療が行われていたようです。



ケシ、ヒヨス、センナ、ニッケイ、乳香、没薬などの芳香植物は、浸剤、軟膏、薫香、香油、沐浴などで利用され、ハチミツ、オリーブ油、ゴマ油、ワイン、牛乳などが基材となりました。


写真は、セイロンニッケイです。樹皮の外皮をはいで乾燥させたものが、シナモンスティック。料理やお菓子の香り付けとして欠かせないスパイス、シナモンです。






古代エジプトの香り・・・


紀元前4000年~3500年頃、ナイル川流域で誕生したエジプト文明では、芳香植物が医術、呪術、化粧、ミイラ作りに用いられました。

円錐型に固めた香料入りの軟膏を頭にのせた貴婦人の姿が壁画に今でも残されています。



『香水』Perfumeの語源は、


ラテン語のPer(~を通じて)


fumum(煙)


の言葉が示すとおり、儀式ではミルラ(没薬)やフランキンセンス(乳香)の樹脂を燃やした『香薫』が神に捧げられました。


芳しい煙には、人と神を繋ぐものとして考えられていたといいます。


貴重な香料は、王族と聖職者しか使用することができませんでしたが、紀元前1000前頃には一般市民にも広まりました。キフィ、バラ、シベットの香りを愛したクレオパトラ(紀元前69~30年)は香りの力を巧みに使い、世界の歴史を動かしたといわれています。




古代ローマ・ギリシャの香り・・・


エジプトの香りの文化は、ギリシャ、ローマへと伝わります。この時代から呪術と医学は、はっきりと区別されるようになりました。


『医学の父』と呼ばれているギリシャ、コス島生まれの医師ヒポクラテス『紀元前460~370年』は、『AROMA:芳香植物』を積極的に治療に取り入れ、『diaita:食餌法』の重要性を説き、季節や体質に合わせた食べ方や芳香植物を用いた入浴や燻蒸、マッサージを推奨しました。




ヒポクラテスや後述するテオフラストス、ディオスコリデス、ガレノスらの考え方が後のヨーロッパでの植物療法やアロマテラピーを生む源となります。



アリストテレスの弟子テオフラストス(紀元前370~288年)は『植物誌』を著し、「植物学の父」と呼ばれています。ディオスコリデス(40~90年)は、軍医として諸国を歩き、『植物誌:マテリア・メディカ』を著しました。この本は以後、千数百年にわたり重要な薬学の文献となりました。記載された植物は600種にも及びます。





古代イスラムの香り・・・


浴びるように香料を使い、繁栄を誇ったローマも次第に衰退して東西に分裂(395年)、やがて西ローマ帝国も滅ぼされてしまいます(467年)。都市は荒廃し、ヨーロッパでは物資的にも精神的にも文化は停滞してしまいました。


一方、東の地アラビアでは、製紙、印刷、火薬などの新技術が発明されるなど宗教、哲学、科学が独自の発達を遂げていました。


ギリシャ・ローマの知恵は東に渡ります。ヒポクラテス、ディオスコリデスらの医学書は、アラビア語に翻訳され、アラビアの医学や錬金術と融合し、さらに発展をとげていきます。


当時の面影は、「ユナニ医学」として現代に伝えられています。卑金属を金に変え、不老長寿の薬や物質の中の純粋な元素エレキシルを見つけようとした錬金術師たちは、結果的に学問や化学・薬学の発展に貢献することになりました。


10世紀頃「水蒸気蒸留法」を完成させたとして知られる医師・錬金術師・哲学者のアヴィセンナ(980~1037年頃はイブン・シーナともいう)はローズ精油の抽出に成功し、著書『医学典範』は16~17世紀にいたるまで権威を誇り、教科書として医学校で使われていました。


香水の歴史上、錬金術によるアルコールの発明も見逃せません。アルコールと精油を混合した『アラビアの香水』は、従来の動物や魚の油、ワインに混ぜたものとは違って植物本来の香りを楽しむことができ、人気を呼びました。






古代インドの香り・・・


5000年もの歴史があるアーユルヴェーダ医学では、個人が固有に持つというヴァータ(空と風の要素)、ピッタ(火と水の要素)、カパ(水と土の要素)の3つのドーシャのバランスの乱れが、アグニ(消化の火)を弱め、アーマ(未消化物)の蓄積が体内に無数にあるとされる通路(スロータス)を詰まらせ、病を招くと考えられています。


ドーシャバランスの回復に役立つ多くの芳香植物が使用されていました。


※ドーシャとは・・・

漢方医学に『気』『血』『水』という独自の考え方があるのと同じように、アーユルヴェーダ独自の体質論がある。ドーシャとは、体質、体や心の状態に関係する3つの力・生命エネルギーをいう。


空、風、火、水、土の5つの要素が集約されて、ドーシャになると考えられています。



中世ヨーロッパの香り・・・
ローマ帝国滅亡後、500年もの間続いた「暗黒時代」にようやく復活の兆しが見え始めたのは11世紀以降です。十字軍の遠征(1096~1270年)によりアラビアの化学技術、スパイス、精油、香水、ローズ水などがヨーロッパにもたらされ、東西の文化交流が復活しました。


12~13世紀にはヨーロッパにも精油の蒸留所が出来ました。アラビア語で書かれたヒポクラテス、ディオスコリデスらの書籍は、ラテン語に翻訳され、「写本」と呼ばれました。

南イタリアの小都市サレルノでは初の医学校が作られ、十字軍兵士の治療にもあたりました。

日常の健康法を記した『サレルノ養生訓』は大変有名です。

この時代の修道院は病院の役目も果たし、薬草作りは大切な仕事のひとつでした。

16世紀以降、植物療法は大変盛んにあり数多くのハーバリスト(植物療法家)が輩出されました。

当時の本草書も多数残っています。ペストなどの伝染病が大流行したこの時代、香水工場で働く人だけは病にかかりませんでした。

それは、香料には殺菌消毒作用があったからです。医師は香料入りのポマンダーを首にさげ、カモミール、タイム、ラベンダーが床に敷かれ、ローズマリー、コショウ、乳香が消毒のために焚かれました。


19世紀~現在の香り

19世紀初頭から20世紀にかけて医学と有機化学は飛躍的に発展し、植物の有用成分を単体で抽出する方法や抗生物質、ワクチン、抗ヒスタミン薬、ホルモン薬などが開発されて合成薬が主流となり、精油や植物をそのまま利用する療法は衰退していきました。


しかし、薬の副作用や耐性菌の問題、生活習慣病やストレス性の疾患などが増え、なぜ病気になるのか、治療とは何かという医療の根本を見つめ、心と体をトータルに癒すというホリスティックな考え方を持つ伝統的な医療が見直されつつあります。




植物(ハーブ)療法、アロマテラピー、ホメオパシー、アーユルヴェーダ、園芸療法などが医療とともに活用される場面が今後も増えていくことでしょう。