前回のブログでかなりヒステリックな断捨離拒否反応をしていた私です。しかしながら、断捨離した部屋、イコール病室と捉えることもできるようです。ひたすら断捨離を嫌がった私は、病室(病気)を拒絶をしていたのでしょう、潜在的に。処分することを棄てる、葬り去ると考えてしまいますからね。

 

物が増えると家事が増える。これだけのことなんです。

ふつうに加齢に応じて断捨離をすればいいのです。

 

とはいっても、必要な物まで捨てて再び買うことになったり、大切な物を捨てて後悔することがあるため、行き過ぎた断捨離は変だし不自然だし、気持ち悪くもあります。誰かの回し者?洗脳?との意見もあるみたいですね。やっぱり。

 

実際のことを言うと、私の部屋は多くの訪問者に「物が少ないね」と言われていました。そう言われることに寂しさを感じたのか、徐々に絵や植物などを増やしていきました。昔は照明やラグ、カーテンの色彩に拘ったのですが、今は家具やインテリア小物との相性を考えて多くの色やデザインのバランスをはかって、やや華やかな感じとなってしまっています。自分自身はだいたい気に入っていますが、少し貧相でもあります。

 

私が部屋の掃除をしなくなり手を入れなくなった時、このバランスは崩れるでしょう。壁に飾った絵が1センチ傾いただけでもバランス世界は崩壊し、不安定な部屋に変貌するからです。歩くことが難しくなった場合、動けばふらついてばかりになった場合、この部屋の崩壊は確実です。

 

そうならないために、断捨離で部屋の病室化を行おうかと思ったりしています。そのために愛玩物は成仏してもらい、華やかな色彩は静かになってもらい、絵や植物は元の場所に戻っていただきましょう。まずは台所はかなり始末しないと、病人には難物ですね。

 

では、大切なお魚さちはどうしよう。お魚は癒しそのものだけど、一番手がかかり、私しか管理ができません。

 

なんにせよ、少し時間をかけて、夫婦で考えないと。第一、うちの寝室はいまだに和室に布団を直敷き。断捨離北欧風とは雲泥の差なんです。

 

続く

 

       今話題のスカイツリーの足元は、河津桜が開花