昨日、NHKの「あさイチ」を見ていたら、北海道の十勝にある新得農場の農業体験を取材していた。ここは「共働学舎」の第4番目の牧場として開拓された場所。「共働学舎」は、社会に居場所を見つけられなかった人、心身に重い妨げを抱えている人が、そうでない人と共に暮らし、働いている場所だ。
素晴らしい品質のチーズを作って、数々の受賞もしている明るい新得農場の風景と、宮嶋京子さんが画面に映った時、「共働学舎」創設者の宮嶋慎一郎先生のご長男、宮嶋望氏がご夫婦で運営されているのだなぁ…と改めて思った。
そして自分の母校と宮嶋先生、望氏の繋がり、長野の共働学舎で一時期働いていた同級生の結婚式に今は故人となった慎一郎先生がいらしていたことなどを思い出した。
私は長いこと求道し続けたにも関わらず、結局はキリスト教の信仰の道に導かれず、洗礼も受けず、教会員にもならなかったが、朝のひと時に共働学舎と新得農場のことを調べていて、この詩を見つけて深く心が癒される時、母校の教育のおかげで、そのエッセンスが自分に染み込んでいることを思う。
応えられた祈り
大きなことをしようと、強さを求めたのに
小さなものの気持ちがわかるように、弱さを与えられた
より大きなことをなそうと、健康な体を求めたのに
より善いことをするように、病弱を与えられた
たのしく楽に暮らせるように、お金を求めたのに
生き生きと賢く生きるように、節約の生活が与えられた
世のすべての人に誉められようと、権力を求めたのに
真実に気づき従うように、地に生きる道を与えられた
人生を楽しめるように、あらゆるものを求めたのに
あらゆるものを受け入れ幸せになるように、生きる場を与えらえた
自分が求めたものは何一つ手に入らなかったけど、
私自身気づかない心の叫びに耳を傾けていてくれた
真実に背いていたにもかかわらず
私の言葉にならない祈りは応えられていた
この世界のすべての人の中で、
私は最も豊かに祝福されている
(宮嶋望 訳)
この詩は、渡辺和子さんの本でも読んだことがあると思うが、ニューヨーク大学リハビリテーション研究所の壁に掲げてあった作者不詳の、よみびとしらずの詩。渡辺和子さんも大好きで若い頃は貪るように著書を読んだが、今は宮嶋望氏の訳がしっくりくる。
20日、21日と天候不順の上にいつもの不調が重なって、寝ていても何をしても言葉にならないほど辛かったから、今朝はこの詩に出会って深く心に染みたのかも知れない。
〈教育は待つことが大切です。カタツムリだって突っつかれたら頭を引っ込めて出てきません。農業も同じです。他の畑で芽が出てきたのに自分のところはまだ芽がでないと待てない。命には早い遅いがある。教育も同じです〉
そんな言葉も見つけた。とにかくせっかちな私は、この「待つ」ことを学ぶのに随分時間がかかった気がする。爽やかな五月晴れの庭の木々の輝く新緑を見ながら、心が満たされている。
花 :シモツケ
