チャービルは、冬の終わりを告げる象徴的なハーブで、ドイツでは四旬節の第4日曜日にケルペルズッペ(Kerbelsuppe、チャービルのスープ)を食べる習慣があるそうです。

3月28日(土)のヒルデガルトのお食事会のスープに、チャービルのスープを一瞬思ったのですが、ヒルデガルトはチャービルは、レメディとしては使用価値があるが、食べ物としてはあまり価値がないと、残念ながら評価が低いです。確かにヒルデガルトの料理本には、チャービルはほとんど使われていません。

ということで、お食事会には、春の七草のヒルデガルト版の、七種の香草スープ聖ヒルデガルト風をお出しすることにしました。

しかしながら、チャービルのスープはなかなか美味らしく、フランスでも食べられているそうなので、このスープに興味津々です。一度は食べてみたいですね。なので、チャービルのスープのレシピをヒルデガルト風にアレンジしてみました。

ヒルデガルト風チャービルのスープ

**材料(2〜3人分)**

- チャービル(生)…ひとつかみ(約20g)

- 玉ねぎ…1個(みじん切り)

- セロリ…1/2本(薄切り)

- スペルト小麦全粒粉(…大さじ2)

- オリーブオイル…大さじ1

- 野菜ブイヨン…500ml

- ナツメグ…少々

- ヒルデガルトのスパイス(ガランガル、フェンネルなど)少々

- 塩・白胡椒…適量

**作り方**

1. 鍋にオリーブオイルを熱し、玉ねぎとセロリをじっくり炒める。

2. スペルト小麦全粒粉を加えて軽く炒め、野菜ブイヨンを注いで中火で5分ほど煮る。

3. チャービルを加えてさらに2〜3分煮る。

4. 火を止めてブレンダーでなめらかにする。

5. ナツメグとヒルデガルトとのスパイスで風味を整え、塩・白胡椒で味を調える。


以前のブログでお知らせした3月28日(土)開催予定のヒルデガルトのお食事会の詳細が決まりましたので、お知らせいたします。


今回はイースター前の四旬節の時期の開催であることから、四旬節をテーマにしたヒルデガルト料理をお出しする予定です。

冬が終わり春の訪れを告げるこの時期に食べる習慣のある食材から、ヒルデガルトが健康に役立つとして勧める食材を使って、ヒルデガルトの料理本「中世修道院の食卓」の著者であるドイツ食文化研究家の野田浩資氏が考案した”ヒルデガルト料理”を、グリューナーボーゲンの照井勇次シェフに作っていただきます。またお食事の合間には、野田浩資氏からお料理について解説をしていただきます。

メニュー予定

・ビーツとフェンネルのマリネ

・七種の香草スープ 聖ヒルデガルト風

・鰆と野菜のワイン煮 春の修道院料理

・茹でリンゴのサバイヨンソース

 スペルト小麦のコーヒー


日時:3月28日(土)12時半

場所:

レストラングリューナーボーゲン

〒174-0042 東京都板橋区東坂下2-11-7 1階

℡  :03-5939-8178

https://www.gruenerbogen.tokyo/

参加費:7,000円

定員:14名

参加申し込みは、Email:st.hildegardcook@gmail.comにメッセージをお送りください。事前に参加費の振り込みをしていただきますので、折り返し振り込み口座をお知らせいたします。

申し込み期限までに指定の口座に参加費の振り込みをお願いいたします。ご入金の確認をもって「ご参加」とさせていただきます。

参加お申し込み期限:3月20日(金)

キャンセルに関して:

二日前まで 振込手数料を差し引いた全額返金 

前日のキャンセル 振込手数料を差し引いた50%返金

当日キャンセル 返金はいたしません


たくさんの皆さんのご参加をお待ちしています!


ディジボーデンベルクから始まって、オーデルンハイム・アム・グラン(Odernheim am Glan)、ドゥッフロート村(Duchroth)を過ぎると、ヒルデガルトの巡礼路は、オーバーハウゼン・アン・デア・ナーエ(Oberhausen an der Nahe)、そして第5区間の最終地点のシュロスベッケルハイム(Schloßböckelheim)に向かいます。

シュロスベッケルハイムには、ナーエ地方で最も古く重要な城であったベッケルハイム城があったそうですが、ヒルデガルトが誕生する50年ほど前の1046年に、神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ3世によって破壊されてしまったそうです。

ヒルデガルトが3才になった1101年に、城が再建されて、ヒルデガルトの師ユッタの実家であるシュポンハイム伯爵家の領地になったこともあったそうですが、1688年にフランス国王ルイ14世の軍隊によって破壊されてしまい、「かつて威厳に満ちていたこの城の痕跡はほとんど残っていない。」そうです。

この城は、1105年のクリスマスに、ハインリヒ4世が退位を迫った息子のハインリヒ5世によって、この城に数日間幽閉されたことで有名になったそうです。丁度ヒルデガルトが7歳の頃に起きたことなので、彼女はこの出来事を間違いなく知っていたことでしょう。