自然とは…国領のハクセキレイからヒトの傲慢さを学ぶ | アロマ&心理カウンセリング 心とからだのセルフケア @東京 調布

アロマ&心理カウンセリング 心とからだのセルフケア @東京 調布

心とからだの健康はセルフケアから。セルフ・カウンセリング、AEAJアロマテラピーアドバイザー・アロマハンドセラピスト資格認定教室 アロマシオン主宰
セラピストのためのweb制作も承ります。アロマ、カウンセリング、自然療法、Web制作のこと語ります

アロマ&カウンセリングで心とからだのセルフ・ケアを伝える、アロマシオンの島田さつきです。

 

東京 調布 AEAJアロマテラピーアドバイザー資格認定教室主宰&カウンセリング講座講師

AEAJインストラクター・アロマセラピスト学科試験対策講座(1コマ2時間4,000円~)承ります。

ITが苦手なセラピストやカウンセラーのためにコンサル付きホームページ制作もしています。

 

私の住む調布は、数年前から京王線駅周りの開発が進んでいます。

その際、せっかく大きくなった20~50年クラスの樹々が切られています。

 

国領駅前には、多くのハクセキレイが生息していて、残された小さめの木でも寝泊りしていました。

ところが、その小さな木でさえ、無くなってしまったのです。

 

駅前にあるのは、1本だけ残された10年クラス程度の木だけ。

そんな中、昇福稲荷のある狭いエリアのみイチョウのご神木などは手をつけられていません。

 

北風が強い日には、イチョウの南側の枝に集まるハクセキレイたち。

↓丸坊主のイチョウを避けて、葉の影に隠れるハクセキレイ。

 

樹々が切られて寝床を失ったハクセキレイたちは、反対側の駅前南側ロータリーの建物でも寝泊まりしています。

 

イチョウ下の糞がひどいな…と思い始めた頃と、他の樹々が切られた時と同じ時期だと思います。

彼らは、宿を追われて近隣に追いやられ寝ているのです。

 

彼らの居をヒトの都合で勝手に奪っている。

そう思える景色です。

 

はて!?、私はこの一連の出来事でひとつ気づきました。

 

今まで寝泊まりしていた木が無くなって、彼らが困ったのは真実でしょう。

けれども、「ヒトのせいで…」というのは、ヒトを主体とした考えです。

 

もし、これが台風で木が倒れても、地震など自然災害で木がなくなっても、木がなくなる結果は同じです。

この地の近くには、深大寺周囲に森があって、そこには樹々がたくさんあります。

それでも彼らハクセキレイが街中で生活するのはなぜでしょう?

 

おそらくカラスに狙われないとか、エサがあるとか森で生きるより何かメリットがあるのかと。
彼らは彼らで木が切られようが、寝泊まり場所がコンクリートだろうが、

その「自然の成り行き」に沿っての生き方を選択しているのです。

 

私たちヒトが想像するよりもはるかに逞しく、自然に沿って生きる。

そう、自然の成り行きに沿って生きていくのです。

 

ヒトのせいで…というのは、ヒトを主体にした傲慢な思考ではないか?

誰のせいだとか、そういう意味付けなど、彼らには無意味で関係ないのだろうと。

 

自分たちの方が高等生物だという意識の元、彼らのすみかをどうこうできるからと、下に見ている発想なのではないか。
私たちが彼らを駆除しようとしても、彼らは変わらず逞しく生き抜く知恵をつけるのではないか?
それが自然の法則であり、私たちヒトの力など到底及ばないものなんじゃないかと…

 

ヒトの都合の行いが他の動植物に影響を与えた時、自分たちの罪の意識から、彼らに申し訳なく贖罪の気持ちをもち「かわいそう」というレッテルを貼って、自分を守っているに過ぎないのではないかな。

彼らをかわいそうと意味付けすることこそ、悪者でありたくない、傲慢なヒトの勝手な防衛本能ではないか。

 

逞しいなと感じた彼らを見て、そんなことに気づいたのでした。