他のブログで、電車にまつわる不定期エッセイ「井の頭線物語り」を書いています。
今日は、その一編をこちらでも…
夕刻の南武線はとても混んでいた。
学生さん、帰宅する会社員。
家路へ急ぐお父さん、お母さん、おじさん、おばさん。
そして…
もみくちゃにされた車内での異変は、乗ってから数分で起きた。
私に背を向けた初老の男性の正面に、少し小太りな若い青年がいた。
彼は、優先席付近の手摺りを握り、
ぎゅうぎゅう詰めの車内で身体震わせている。
人の隙間から足元を見ると、どうにもおぼつかない。
うっ…酔ってるのかな?
倒れまいとしながら、足元はぴくぴくと痙攣している。
重たそうな身体を支えようと手摺りを握りなおしているが、
混雑の中、身体を立て直すのが精一杯なようすだ。
少しの間、様子を見ていたが、だんだんと態勢を崩し、
その場に倒れかけた。
私の前の初老の男性の目にも、それは映っていた。
初老の男性が「あぁ…」と青年に手を貸そうと声を発すると同時に、
私もその青年の背中に手を伸ばし「大丈夫?具合悪いの?」と声をかけていた。
すると青年は背を向けたまま「脚が悪いんです…」と小さな声で答えた。
私は、やや大きな声で
「脚が悪いのね。」
「誰か座らせてくれれば良いんだけど…」と言った。
すると、初老の男性は「どこまで行くの?」と青年に聞いた。
青年は「立川です」と答えると、続けて初老の男性は、
「立川は遠いいなぁ…誰か座らせてくれると良いなぁ」と、
誰に言うともなしに、優先席を探った。
私から優先席は見えなかったが、初老の男性からは見える位置だった。
ややして、優先席付近に動きがあり、おじさんが席を譲ってくれた。
席に着くのも一苦労な混雑だったが、初老の男性の手助けもあり、
青年は無事、席に着くことができた。
青年が落ち着くと、初老の男性は、私を振り返り会釈をし、
席を譲ってくれたおじさんにも「ありがとう」と言った。
数駅過ぎた所で、初老の男性は、降りて行った。
降り際にもおじさんに「ありがとうございました」と、
爽やかに挨拶をして。