TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -71ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

 

 

 

生命の樹、最後に残っているセフィラは「ケテル」です。

 

これは、樹のてっぺんにあるセフィラで、

「意識の柱」、「統合の柱」と呼ばれる、

中央の柱にあります。

 

「ケテル」とは、「冠」という意味で、、、

始まりであり、終わりである場所です。

 

このセフィラを通って流れてきたものは、、、

このセフィラを通って、還っていくのです。。。

 

 

カバラでは伝統的に「アダム・カドモン」と呼ぶ存在について

考えてきました。

 

「アダム・カドモン」とは、「原初の人間」のことで、、、

旧約聖書の創世記の中で、神様は最初、

自分に似せて人間を創ったことになっていますが、

その最初の人間が「アダム・カドモン」だと言われています。

 

アダム・カドモンは、、、

ほとんど神様と同じものを兼ね備えた人間。。。

 

・・・ということですね。

 

 

 

その最初に創られた人間。。。

神とほとんど同じ、完璧な人間。

 

それがちょうど、この「ケテル」という点にあたる。。。と。

そう考えられてきたようです。

 

それについてはきっと、、、

歴史の中たくさんのカバリスト達が熟考し、

ディスカッションしてきたことでしょう。

 

 

 

アダム・カドモンは「ケテル」に出現し、、、

そのあと、どんどん生命の樹を下降しながら、、、

神としてのその記憶を失いながら、、、

 

自らその想い出を封印する鍵をかけて、

エレメントの王国であるマルクートの世界へと

やってきたのでしょう。。。

 

ある、ゲームをしに。

 

 

ウイングメーカーの神話で言えば、

その「アダム・カドモン」に相当するのがおそらく、

「セントラル・レイス」だろうと思います。。

 

そして、、、

セントラル・レイスには7つのアーキタイプが

あると言われています。

 

そのあたりは、人間としての今の私が、

実際に見たわけではありませんので、断言はできませんけれども。

 

でも多分、、、

私がこの「人間の頭」で、それを「概念以上のもの」として

理解するのは、まだまだ相当先のことなのかもしれません。

 

ただ、、、ファースト・ソースの意識に戻れば、

すべてのことが一瞬で解ってしまうことを知っているので、、、

 

何も焦ってはいません。。。

 

 

個人的な生命の樹で言うと、、、

私の「ケテル」に入るものは、「ウイングメーカー」です。

 

「マルクート」に入るものと同じです。

 

つまり、、、私の生命の樹は、、、

 

ウイングメーカーで始まり、

ウイングメーカーで終わる。

 

・・・ということです。

 

 

ウイングメーカーは、セントラル・レイスの中の、

ある一派だと言われています。

 

これも、どこまでが本当で、どこまでが物語なのかは解りませんが、

個人的に、共感する部分がたくさんあるので、

私は、ジェームズの描くその舞台の上で、、、

自分の人生を踊ることに決めました。

 

 

ちょっと自分の言葉で説明しちゃいますので、

その通りに言っていたわけではないかと思いますが、

ダスカロスが、こんな感じのことを言っていた気がします。

 

人の魂にはそれぞれ色があって、生まれ変われば性格(イエソド)は

その都度変わっていくけれども、

魂そのものの色は何度転生しても変わらず、、、

 

その魂の個性、その色がどういう風に決まるのかといったら、

それが初めて「個」として発生した時に、

その人生で何を経験したかによって決まる。

 

・・・と。

 

 

これも本当かどうかは私には解りませんが、でも。。。

魂に色があることは、私にも解るのです。。。

 

色、、、というか、大まかなグループ分けみたいなもの。。。

役割分担みたいなもの。。。

 

 

 

ある時、ちょっとした勢いで、、、

ソウル・リーディングが出来る人に、

聞いてみたことがありました。

 

「私が個として発生した時、

一番最初にした経験はなんだったのですか?」

 

・・・と。

 

 

その時聞いた答えは、やたらと壮大なもので、、、

 

「あなたは宇宙の花の管理人だったようです」。。。と、

そういう答えが返ってきました。

 

宇宙全体の調和がとれるように、発生した魂たちを、

バランスよくあちこちに分配していた人。

 

だったのだと。。。

 

 

正直言うと、、、「はい???」って感じでしたけれども。

 

でも、自分以外の人から、一度そう言われてしまうと、、、

気になってしまいますよね。

 

アトランティスのラーナの時もそうでしたけれども、

聞いてしまったことは、自分の中で完全に消し去ることが

出来なくなる。。。

 

それで私の場合は、、、あれこれ迷い始めてしまうのです。。。

 

だから私は、、、あまり人から自分のことを

聞きたくはないのです。

 

自分のことは、自分で決めたいから。。。

 

 

でも、、、流れの中、起こることは必然。。。

だから、聞いてしまったことも必然。

 

 

だから私はその後、、、

「他者から聞いたこと」と「自分の信じるもの」との間に、

どうやって折り合いをつけていくかを、

模索していかなければならなくなりました。

 

 

あの時、「宇宙の花の管理人」と言われて、、、

自分の中に生まれた「ジレンマ」。

 

そのジレンマと、ここ数年戦っていましたけれども、、、

自分というものの生命の樹がどうなっているのか、、、という、

そのインスピレーションが一瞬にして降ってきたあの日に。。。

 

昨年の年末に。

 

こういうことに関しても、自分の中でやっと、

整理がついてきたような気がします。

 

 

私のソウルの声を聴いたというあの人が、、、

本当に私の過去生のエネルギーを見ていたのか、

それとも、私の思念のエネルギーを見ていたのか。

 

それもやっぱり、解らないけれども。

 

 

「宇宙の花の管理人」と言われるそれは、、、

占星術の12のサインで言ったらおそらく、

「天秤座」的なエネルギー。

 

「調和」とか「バランス」とか、、、

そして、「美」とか。

 

 

あの人にとってはそのエネルギーが、、、

「宇宙の花の管理人」という象徴的なヴィジョンとして、

見えたのではないのかな。と。

 

そんな気がしました。

 

 

ライトランゲージを教えてくれたジェイミーからも、

 

「あなたは、全体の中で男性性と女性性のバランスを取っていく

ということを、模索しているところのように思える」

 

なんて言われたことがありましたけど。。。

 

ここでも見えてくるキーワードは、、、

「宇宙の花の管理人」と同じなのです。

 

それは、「バランスを取って、調和させる」。。。

 

・・・ということ。

 

 

それは、、、天秤座のキーワードそのもので、、、

 

天秤座の「美」は、

牡牛座的な「五感で感じる美」とは少し違っていて、

それは、「バランスのとれた美」、「調和のとれた美」。。。

 

 

実際私の太陽星座は射手座だったりしますけれども、、、

MCは天秤座なのです。

 

占星術における「MC」が表しているものは、、、

その人の「社会における役割」とか、「天職」だと言われています。

 

その人の天職は、、、全体の中でその魂がどんな役割を担っているのか、

その人が、どんな使命を持っているのかに関連しています。

 

 

魂の色。。。

私はそれが、大きく分けて12のエネルギー系統に分かれると

感じていて、それを象徴的に表しているのが、占星術の

12のサインなのだろうなと。。。

 

そう思っているのですが、、、

私のその色はきっと、「天秤座」なのだろうと。

 

ある時、そういう考えに至りました。

 

 

なので、、、

「宇宙の花の管理人」=「天秤座的エネルギー」と。。。

 

そう考えたくなりました。。。

 

そう考えるのが、、、好きです。

 

 

カバラでいうところの、アイン・ソフ。

ウイングメーカーでいうところの、ソース・リアリティ。。。

 

その光は、イメージとしては透明です。

透明ですが、全ての色を含んでいます。

 

ダイヤモンドやしゃぼん玉のように、、、

透明でいて、様々な色を映し出す。。。

 

 

その光が、アダム・カドモンやセントラル・レイスという

「ケテル」の「プリズム」を通すと7色に分れ。。。

 

それが更に下降して、エデンの園を追放された

アダムとイヴ(ティフェレット・魂)を通した時、、、

 

そこから、12色の光に分かれていくのかもしれませんね。

 

 

それはともかくとして、この「ケテル」は、、、

私達人間が、原初の光に戻っていく、一歩手前のところであり、、、

すべての人が、通ってきた場所であり、、、

これから通っていく場所でもあるのだろうと思います。

 

 

私の中での「ウイングメーカー」、「セントラル・レイス」の

イメージはこの、、、「ケテル」なのです。。。

 

そしてここマルクートで、、、地球で、、、

そのケテルを体現できるようになること。

 

それが、私のやりたかった「ゲーム」なのです。

 

 

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見えないセフィラ「ダアート」を囲むようにして、

「ホクマ」、「ビナー」、そして「ティフェレット」の

3つのセフィロトで創られる三角形の部分は、

「トランスパーソナル意識」だと言われています。

 

 

ここは「トランスパーソナル意識」であると教わりましたが、、、

でも、「トランスパーソナル」という言葉は、

近年になってから出てきたのものですので、、、

 

昔は、どんなふうに呼ばれていたのでしょうか?

 

カバラの本を引っ張り出してきて探してみれば、

もしかしたら書いてあるのかもしれませんが。。。

 

 

「トランスパーソナル」というのは、

「個を超えている」という意味です。

 

ですので、このあたりの意識状態になってくると、

「自分」は、「Lyrica」というひとりの人ではなく、

「すべて」が「自分」である。。。という「感覚」が起こってきます。

 

「人類全体」「地球全体」「宇宙全体」という

大きな枠組みで、物事を眺めていくようになり、

誰かに起こること、世界で起こること、宇宙で起こることがまるで、

自分自身の中で起こっていることのような感じがする。。。

 

・・・とでも言えばいいのか。。。

 

 

だから、、、すべてが「他人事」ではなくなるんですね。

すべてが、「自分事」のように感じるようになっていきます。

 

人類全体、地球全体、宇宙全体を、おおきなひとりの人。

つまり、自分自身として見始めるのです。

 

その大きな全体(自分)の中で、

Lyrica(自分)は、どのパーツを担っているのかな?

 

・・・みたいなことも、考え始めるようになるので、

全体の意識に大きく影響する科学とか、宗教とか、芸術とか、政治とか。

 

そういった世界の動きに、とても敏感になってきます。

 

けれども同時に、自分が、全体の中でどのパーツを担当しているのかも

理解しているので、自分の領分以外のことは、

そのパーツ担当の人を完全に信頼して委ねて、、、

自分は自分本来の仕事に集中したりするのです。

 

 

そういえば、昔、、、

フラッと立ち寄った書店でたまたま平積みにされていた本を、、、

何の気なしに買ってみたら、その内容に、すごく心躍りました。。。

 

それは、ケン・ウィルバーの『存在することのシンプルな感覚』

・・・という本でした。

 

「トランスパーソナル心理学」というものを知ったのも、

ケン・ウィルバーのその本がキッカケでした。

 

その新しい心理学に、、、私はものすごく、心躍ったのです。。。

 

 

ただ、、、当時、彼はもう、トランスパーソナル運動からは

すでに身を引いていたらしく、、、

 

その代わりに、「インテグラル理論」(統合理論)というものを

展開し始めていました。

 

 

彼の「インテグラル理論」、、、

それは、人間・組織・社会・世界を統合的にとらえるための

新しいフレームワーク(理論)だと言われていましたが、、、

 

でも、それは、、、

カバラとかインド哲学のようなものが、ずっと昔から言ってきたことと、

多分、同じことなのだろうなぁと、そう思います。

 

それは、ウイングメーカー・プロジェクトと同じように、、、

時代に沿って、表面に纏う「衣装」を変えたものなのでしょう。。。

 

 

人間ってそうやって、いつの時代も同じことを繰り返してきました。

 

「新しいものが登場してきた!」とか。

「これからは、新しい光の時代が始まる!」とか。

 

いつの時代もそうやって、、、

人は、夢見てきました。

 

幸せになることを。。。

 

 

そして、そうやってよりレベルの高いものを求める気持ちが、、、

文明やテクノロジーを発達させ、今や私たちは、、、

ものすごい遠くにある星々や、体内のミクロの世界まで、

観察できるようになりました。

 

CERN内での情報交換のために開発したものが発展し、、、

インターネットのテクノロジーが登場。

 

それがいまや、こんなに世に普及し。。。

 

今までは、その筋の専門家しか触れることができなかったような情報が、

あっという間に探せてしまう時代になり。。。

 

色んな人の頭の中には、「知識」がどんどん増えてきています。

 

 

そんな中、「ワンネス」に関する知識も、、、

どんどん、どんどん、広がっていきました。。。

 

 

 

今という時代は、、、

私たち人類全体が、「ワンネス」というものを頭で理解し、

そして徐々にその考え方に慣れていく時代。

 

あともう少ししたら、次は、感覚的な実感を伴って、

それを、心から納得していく。。。

 

そしていずれは、、、多くの人がワンネスというものを、

ここで実際に、体現していくのだろうと思います。

 

 

ネアンデルタール人の頃から、、、それ以前から、、、

何百万年の時を経て私たちは、

生命の樹をここまで昇ってきたのです。。。

 

ここ何千年もの間はずっと、動物意識を経験してきた私たちが、、、

全体としての私たちが、いよいよ、人間意識に目覚める時代。。。

 

そう思うと、なんだかちょっと、、、感動的。。。

 

そうであってほしいですね。

 

そうでありますように。。。

 

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「ホクマ」、「ビナー」、「ヘセッド」、「ゲブラ」と書いてきましたが、

これらのセフィロトで創られる四角形の部分は、べリア界と呼ばれています。

 

 

「べリア」とは、クリエーション、「創造」のことです。

 

エレメントでいうと、ここには「風」が当てはめられています。

 

「風」のエレメントは、占星術的には「知性」とか「思考」と

考えられることが多いですが、カバラの生命の樹ですと、

「風」は、「スピリット」や「精神」として考えられるようです。

 

ですので、べリア界は、スピリット的な領域である。。。

ということですね。

 

 

アッシャー界、物質・肉体の世界は、土。

イエツラー界、心理・感情の世界は、水。

べリア界、スピリット・精神の世界は、風。

 

伝統的には、アッシャーは「赤」、イエツラーは「紫」、

べリアは「水色」で表現されます。

 

これはおそらく、、、天使の光線の色と関係ありそうな

気がするのですが、、、

 

そのあたりはまだ、個人的な見解の領域であって、、、

私もまだまだ、勉強不足で断言する自信はないです。

 

 

お話はそれますが、ちょっと、タロットのお話。。。

 

昔、タロット・カードを山ほど集めていた頃がありました。

占いには全然興味なかったのですが、

あの妖しくて美しい絵を眺めているのが、

大好きだったのです。

 

有名なのは、マルセイユ版とウエイト版でしたが、

私はなんとなく、マルセイユ版のほうが好きで。

 

その中でも、その色を鮮やかに再現したという

「カモワン・タロット」が好きでした。

 

 

カバラを勉強し始めて、「水色」が、その伝統の中では

「スピリット」を表す色だと知った時、、、

思わず、、、ニンマリしてしまったことを覚えています(笑)

 

だってね、例えばカモワン・タロットの「愚者」のカードの中で、

その旅人の足に飛びついている犬の色は、

「水色」だったりするのです。

 

他にもいろいろ、ニンマリする場面はあったような気がします。

色だけではなく、形とか、向きとか。。。

 

タロット・カードって、、、

そんな意味が込められていたのか。。。と。

 

「象徴」を学ぶと、、、解ってくるのです。

 

「沈黙しながら語る」

 

・・・ということが、どういうことなのかを。

 

 

以前に書いた「人間意識」とは、基本的にはイエツラー界に

属してはいますが、その上のべリア界とモーフィングしているところです。

 

私は、、、人がこの人間意識で生き始めた時、、、

それが、人間としての「本領発揮」のスタートだと。

 

そんな風に感じています。

 

 

この意識で生きるようになると、本格的に、自分の人生を

創造していけるようになるからです。

 

生命の樹の上からの流れを、純粋な形でこの地上に

顕現させることを阻んでいるのは、イエソド。

 

そのイエソドが、ティフェレットをそのままの形で、

まったく歪みなく映し出せるピカピカの鏡になれば、

本当の意味での、「思いの現実化」は日常茶飯事になります。

 

「思い」や「望み」が、イエソド・レベルであればあるほど、

そこにカルマが生じますけれども、、、

イエソドの望みが、ティフェレットの望みとシンクロした時は、

自分のみならず、他の人もみんな幸せになるような、

そういった人生を、創造していけるようになるでしょう。。。

 

 

ゼニスオメガのような、エネルギー・ワークも、

この鏡磨きをするための「ツール」のひとつですが、

こういったものが、地上に存在している現実自体が、

実はちょっと、感慨深いことであったりもしますね。。。

 

こういったものを受け取れるくらいまでに、

私たち人間は、生命の樹を登ってきたんだなぁ。。。と。

 

長い長い、時間をかけて。。。

 

 

 

 

イエソド鏡が曇りだらけで、

ボンヤリとしかティフェレットを反射していないうちは、

本能的なネッツァーやホッドに支配されながら、

延々と、「感情のドラマ」の中を行ったり来たりしてしまいます。

 

今日はすごく幸せで楽しくても、明日は嫌なことがあって

怒ったり落ち込んだり。。。

でもまた、良いことがあってそれを忘れて立ち直り。。。と。

 

それを死ぬまで繰り返していきます。

 

 

それでもいいと思ううちは、それでいいのです。

 

「それが人間でしょ」

 

・・・と思ううちは、それでもいいのです。

 

ファースト・ソースから見たら、、、

それも貴重な、「表現のひとつ」なのですから。。。

 

でもそういった経験をし尽くした時はきっと、、、

人はみんな、、、

また違った体験をしたくなるのだろうと思います。

 

「創造」という体験を。。。

 

べリア界、、、さらにもっと上から流れてくるものを、

そのまま、、、純粋な形でこの地上に顕現させること。。。

 

それができるのは、、、

人間しかいないんです。

 

そしてそれこそが、人間であることの真の喜びだよなぁ。。。と。

 

私は、そう感じていたりします。

 

 

 

 

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ダアートを超えたあたりからは、おそらく、、、

言葉で詳しく説明しようとすればするほど、

逆に混乱を招く領域。。。

 

そんな感じがしています。

 

 

次の「ホクマ」ですが、ここは、右側の柱、慈悲の柱、

男性性の柱の一番上にあるセフィラで、

生命の樹の天頂のセフィラ、「ケテル」から始まった

エネルギーの流れが、まず最初に到達するポイントにもなっています。

 

 

余談ですが、、、

私は、「ゼニスオメガ」をヒーリングのツールとして使っていますが、

その「ゼニス」には、「天頂」って意味があったりしますね。

 

 

「ホクマ」は、「智恵」という意味です。

占星術的な惑星でいうと、伝統的にはホクマには、

「ゾディアック(獣帯)」が当てはめられていました。

 

ゾディアックとは、

太陽の通り道を中心として輪になっている天の帯であり、

そこに12宮、、、牡羊座から魚座までの12のサインが

乗っかっているところなのですが、

これが、ホクマと結び付けられていました。

 

「12」というのは、秘教的にもいろいろ意味のある数であり、

占星術の12サインは、宇宙の12種類のエネルギーだと。。。

私は、そんな風に考えていたりします。

 

エネルギーの12の相、12で一巡りする変化。。。

 

そのありとあらゆる可能性が、

このホクマの中にある。。。

 

 

伝統的にはそう考えられていたようですが、

近年になってからは、このホクマに、昔は発見されていなかった、

「天王星」という惑星を結びつけて考える

カバリスト達も出てきたようです。

 

 

 

天王星は、「革命」とか「改革」の星であり、、、

水瓶座の支配星。

 

 

個人的には、「天王星」と聞くと、、、

それが、ウイングメーカーのイメージと結びつきます。。。

 

伝統的なもの、古いものを改革する。。。

 

そのイメージは、天王星のごとく、綺麗なブルー。。。

 

 

 

「ホクマ」は、「内なる知性」と言われていて、

前述した「ビナー」は、「外なる知性」と言われます。

 

それを私の言葉で言うとしたら、こんな感じです。

 

ビナーは、「神って何なのかを理解しようとするマインド的努力」

ホクマは、「神と一心同体になったハート的な感覚」

 

 

「神」という言葉も、、、

そのイメージは、受け取る人によって様々ですね。

 

 

ミッションスクール時代の私は、「神」なんて言葉、

超うさんくさいと思っていました。

 

学校の課題で行かされた教会で、信者の女性に

罪びと扱いされたからです(笑)

 

今ではもう、それも笑い話ですが、あの時は、

ドン引きしたし、真面目にすごい恐かった。

 

「あなたは罪びとなのよ。だってあなた、神を信じてる?

信じてないでしょ?

だからあなたは、罪びとなの」

 

・・・と、冗談ではなく、真面目にそうお説教されたのですから。。。

 

 

その後もいろんな体験をして、「神」というものに

不信感を募らせていきましたが、

19歳であの体験をした時、、、

ダアートに触れる経験をした時に、

「神」というものが、本当は何であるのかを知りました。

 

そしてその時思いました。

 

「みんな、神がなんなのか、誤解してるよ」と。

 

 

そして、、、一体だれが、「神」なんて言葉を作ったんだろう?

言いだしっぺは誰なんだろう???

 

なんてことを、いろいろ考えたこともありました。

 

だってね、その言葉が、多くの人を惑わすのですから。

 

 

カバラの生命の樹は、、、その元々の起源は別のところにあったとしても、

現代「カバラ」と呼ばれている物は、長い歴史の中、

主にユダヤの人たちの文化の間で育まれてきたものですから、

そこでは、それを「神」という名前で呼びます。

 

ですから、このホクマに関しても、

それは「神との合一の感覚」であると説明されますが、

その「神」が、本当は何であるのかをちゃんと解っていなければ、

やっぱりそこで、誤解、混乱が生じるでしょう。。。

 

だからこそ、、、

ウイングメーカー・プロジェクトを立ち上げたジェームズは、、、

これまでにたくさんの誤解を招いてきた「神」という言葉の代わりに、

「それ」を説明する新しい用語として、

「ファースト・ソース」という言葉を選んだのだろうと思います。

 

 

ちなみに、、、ですが、当初ジェームズはそれを、

「ファースト・ソース」ではなく、

「プライム・クリエーター」としていました。

 

「ファースト・ソース」はのちに、、、

「ウランティア・ブック」からひっぱってきた言葉です。

 

 

そういったありとあらゆる努力をしたとしても、、、

言葉でそれを説明しているうちは、

言葉でそれを理解しているうちは、

それは「ホッド」の領域、、、よくて「ビナー」の領域であって、

それは、「ホクマ」の経験ではないんですね。

 

うまく言えませんが、、、

神、宇宙意識、ファースト・ソースなどなど。。。

呼び名がいろいろあるその「源」に、同調した状態。

それが、「ホクマ」であると、私は感じていたりします。

 

同調、、、今風に言ったら、アチューメントのことです。

 

 

私の生命の樹では、「ホクマ」は「瞑想」です。

そして、「ライトランゲージ」も、ホクマです。

 

 

本やネットから知識を得るのではなく、、、

そこに同調して、そこから直接、「智恵」を授かること。

 

そして、、、

ホクマで同調するところは、アカシックでもソウルでもなく、、、

次にお話する「ケテル」です。

 

 

 

例えば、、、ジェームズの小説、『ドールマンの予言』の中で、

この「ホクマ」を担っているのは、おそらく、「オラクル」です。。。

 

 

ホクマは、、、神の言葉をそのまま伝える者。

それを、そのまま体現している者。

 

つまり、、、「預言者」ですね。

 

 

物語の中のオラクルのことは、「預言者」と言うべきか、

それとも「予言者」と言うべきか、、、

そこ、いつも迷うところなのですけれども。。。

 

どちらもありなのだろうな。。。とも思います。

 

 

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先ほど書いた「ビナー」の記事。。。

 

急いでパパッと書いたせいか、なんとなくどこか、

的がずれているような感が否めなく。。。

 

ちょっと、付け加えたくなりました。

 

 

 

ビナーとは。。。

例えば、このあと書いていく予定の「ホクマ」のエネルギーを受けて、

それを、結晶化させるところ。。。というイメージがあります。

 

 

例えば、、、

ホクマが何らかの真理を表現していたとしたら、、、

ビナーはそのホクマのエネルギーを受けて、

それをある種の「基盤」として、、、

「理想的なお手本」という形にして、留めておこうとするところ。。。

 

・・・みたいな。

 

 

仏陀やイエスのようなマスター、教師は、ホクマ的です。。。

彼らは、真理を表現していました。

 

彼らの弟子たちは、ホクマのマスターのエネルギーを受けて、

それを、「結晶化」していきました。

 

つまり、ビナー的な働きをした、マスターの弟子たちが、

その教えを、「宗教」という形にしていったのです。

 

宗教を創っていくのはいつも、当のマスターではなく、

マスター亡き後の、その継承者たちであるというのが、、、

世の常ですね。。。

 

 

そうやって、ホクマを保存し、

それを形として維持していこうとする場所。。。

 

「宗教」や「伝統」を創っていく場所がビナー。。。

 

そんなイメージです。

 

 

 

私の中での「ビナー」は、哲学であり、宗教であり、、、

宗教の中でも「顕教的」な部分であり。。。

 

そういった哲学や宗教が、私にとっての何であるかと言ったら

それは、、、

 

「この世の法則を理解するためのツール」

 

なのです。

 

 

長い長い時代を通して、様々な人たちがそこに関わり、、、

彼らのエネルギーを投入しながら、徐々に結晶化されてきたもの。。。

 

私にとってはそれが「形而上学」とか「神秘哲学」であり、

それは主に、、、伝統的に、長い間継承されてきた教えであって。。。

 

カバラの生命の樹も、そういったもののひとつとして捉えています。

 

カバラだけでなく、ダスカロスが教えてくれた、

キリストによって伝えられたというエソテリックな教えもまた、

私の中では、ビナー的に映ります。。。

 

 

そして、、、そういったものを紐解いていくことによって、

私自身の生命の樹の中で、ビナーが、、、

私自身のための法則を創っていくのです。。。

 

 

生命の樹、、、自体が、宇宙の法則です。。。

 

そうやってこの世界には、「法則」「システム」は

たしかに存在しますが、、、

 

でも、、、私は、そのシステムさえもが本当は、、、

「幻想」なのだと思っています。

 

生命の樹自体ですら、、、幻想なのだと。。。

 

 

マスター達はその幻想に気づいてはいましたが、、、

彼らでさえも、この世界の中では、その法則に従うしかありませんでした。

 

ホクマに位置するマスターたちは、その幻想に気づかせようとしますが、

その継承者たちが、WMでいうところの「階層」の力の支配下で、

ビナー的な役割を果たしながら、結局は、その「幻の法則」を

強化していってしまうのです。

 

 

こういったことが長い間ずっと続けられてきましたから、

伝統的なものの中にどっぷり浸かることは実は、、、

ミイラ取りがミイラになりかねない、、、

そんなチャレンジングなことのようにも感じたりしましたが。

 

けれども、、、それが「幻」だと分かったうえで、

あえてその「法則」を学ぶことは、きっと有意義なのだと。。。

 

ある時、気づいたのです。

 

 

 

その源に、、、ファースト・ソースに還るまではずっと、、、

 

たとえそれが、どんなに高次の世界だったとしても、、、

その法則の中で、、、「生命の樹」のシステムの中で

動いていくしかないからです。

 

 

科学が発見するものでさえも、、、

幻想の世界の中の「システム」なのですから。。。

 

 

 

ビナーに関する説明を付け足したことによって、、、

よけいにややこしくしたような気がします(苦笑)

 

 

私が今やったようなことを、マスターの継承者たちが、、、

ビナー的な役割を担った彼らが、やってきたのでしょう(苦笑)

 

おそらく、「親切心」で。。。

 

そうやって長い長い間のうちに、、、

それを「結晶化」してきたのでしょう。。。

 

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ビナー。。。

 

このあたりになってくると、もうほとんど世捨て人状態というか、、、

 

自分はこの世界でいかにして幸せになるか。。。

いかにしてこの苦しみから逃れて楽になれるか。。。

 

・・・というような、日常的な物事が、

もう、どうでもいい感じになってくるような気がします。

 

 

「人間とは何か?」「宇宙とは何か?」「神とは何か?」

 

 

・・・みたいな、そんなことに意識がフォーカスする。。。

 

もっと果てしないものを理解したいという気持ちが強くなる。

現実的な幸せを探し求める気持ちよりも。。。

 

他者に対する慈悲の気持ちすら超えて、、、

 

還りたくなってくるのです。。。

源に。。。

 

 

こういった意欲が、「本気」で湧いてくるのは、、、

ダアートを超えたあとなのかもしれません。

 

もしくは、ヘセッドまでの意識で経験できることを、、、

完全に体験し尽くしたあととか。。。

 

 

 

自分の人生が、たとえ見た目悲惨で苦しいものであったとしても、

本人はそれを全然、苦とも思っていない。

むしろそれを楽しんでいる、、、というか、それでもう、

完全に満たされてしまっている。。。

 

他者が苦しんでいる時、、、

それを、神的視点から眺めている自分に気づく。。。

 

人間的な感情を超えて。。。

淡々と、、、ただ観ている。。。

 

 

だんだん、周りから理解されなくなってくるのも、

ダアートを超えてからなのでしょうか。。。

 

 

本物の楽観主義。

 

 

 

でも不思議なことに、日常的な幸せなどどうでもいい。。。

自分のことなどどうでもいい。

すべてが成るように成っていくのだから、それでいい。。。

 

・・・というような意識状態でいればいるほど、

現実は、妙にスイスイと楽に動いていき、何事もスムーズになる。。。

 

 

それはもう、、、大変なドラマをわざわざ経験する必要も

なくなってくるからなのかもしれません。。。

 

 

源に還ろう。。。

 

そういえば、すっかり忘れてたけど、

自分は、経験の旅に出てたんだっけ。。。

 

でももう、、、そろそろ還ろう。。。と。。。

 

 

それを思い出しさえすれば、天は満足。。。

もうこれ以上刺激しなくても、

あの子は勝手に還ってくるだろう。。。と。

 

そう思うのかもしれません。。。

 

 

それでも、、、自殺したところですぐに故郷に

戻れるわけではありませんので、

この世界にいるうちは、特にやりたいこともないし、、、

あとは、ファースト・ソースの駒、媒体になるから、

もう、私を好きに使ってくださいな。。。

 

・・・みたいな気持ちになっていくのです。

 

 

ファースト・ソースの媒体になると、やることは決まっていて、

それは、自分と全体の、両方のためになることをすること。

 

つまり、、、他の人の幸せのために生きること。。。

 

それしかすることがなくなってくる。。。

 

 

 

厳しいことを書くようですが、、、

自分が満たされるために、ヒーラーをやっている人をよく見かけます。

 

「あなたのおかげで癒された」という他者からの言葉によって、、、

自分が癒されているのです。。。

 

 

でもきっと、昔の、、、本物のマスター達は、、、

他にやることがないから、、、自分には、それしかやりたいことがないから、

人を癒していたのだろうな。。。と。

 

私は、そんな風に感じていたりします。

 

 

私は一体、どちらなのだろう。。。と。。。

 

時々、自問自答したりします。。。

 

 

 

ビナーとは、「理解」という意味であり、、、

それは、長い長い時間をかけて理解していくものであり。。。

 

占星術的な惑星ですと、「土星」がここに

当てはめられているようです。

 

 

土星って、、、

私はついつい、「土星先生」って呼びたくなるのですけれども、

ちょっと厳しい先生のように感じたりもします。

 

なんだか、ものすごく大変な課題をたくさん持ってきて、

それをゼイゼイしながらこなすのですけれども。。。

 

でも、土星先生って、その人の限界を超えるような

課題を持ってくることは決してなく、、、

ただ、限界ギリギリのものを持ってくるので、

かなり気合をいれてやらないと、なかなかクリアできないのです。

 

でも、、、

その課題をクリアした時は、自分自身がひとまわりも

ふたまわりも、大きく成長している。。。みたいな。

 

 

私の生命の樹の中で、、、

そうやって、ゼイゼイしながら理解していくものは、

「法則」です。

 

この世界の、法則。。。

 

 

ウイングメーカーの神話で言えば、アヌが創ったことになっている

このホログラム内の世界、、、

 

それは、この物理的な世界だけでなく、

死んだ後の世界とか、もっと高次の目に見えない世界も含めて。。。

 

そういった世界全体が、一体どういう構造になっているのか。。。

そこが一体、どういうシステムで動いているのか。。。

 

そこにある「法則」

 

それを理解するために、私は自分のビナーを使っています。

 

 

具体的に言えば、今ここで書いているような、

「生命の樹」を研究することなどが、それです。

 

本当は、量子物理学とか生物学とか、、、

そういった「科学」の世界も、ビナーを使って探究したい。。。と。

 

そんな気持ちだけはあっても、もう、そんなに時間もないし、、、

なにより、私の頭が科学向きではないので、

ここはもう、、、深く追求していくのは、

涙を呑んで諦めようかと(笑)

 

その分の労力を、形而上学の研究に捧げようかと。。。

 

そんな風に思っていたりします。。。

 

 

 

 

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歌のレッスンも、あれこれ忙しくて、ここのところは

しばらく行けていませんでした。

 

クラシックの声楽と普通のボイトレを掛け持ちしてやっていましたが、、、

ちょっと、声楽のほうはいったんお休みすることにしました。

 

また再開できるかは分からないけど、、、

今のところは、そう決断しました。

 

 

ボイトレも、ずっとレッスンに行けていなかったので、

テンションも下がりまくりになっていましたが、、、

久々にレッスンに行ってみたら、やっぱり、歌はいいなぁ。。。

 

・・・と再確認。

 

そして、若いころはそんなことなかったのに最近は、、、

ちょっと歌わないとすぐに声が出なくなってしまう悲しさ(涙)

 

ずっと続けている時は、自分の成長ってよく解らないのですが、

しばらく歌っていないと、自分が落ちたのはすごくよく解る。

 

これからも、、、歌だけは続けたいです。。。

 

 

 

 

昨年の1月。。。

突然、デヴィッド・ボウイの訃報が入ってきたときは、

ものすごい寂しさがドッと胸に押し寄せ。。。

 

あぁ、、、逝ってしまったのか。。。と。。。

 

特別に彼のファンだったというわけでもなかったし、

昨年は、ボウイだけでなく、他にも大物ミュージシャンの訃報は

次々に流れ込んできたけれども。。。

 

なぜか、デヴィッド・ボウイの時だけは、、、

何とも言えない寂しさを、ずっと感じていたのでした。

 

 

夏あたりに、通っているヴォーカル・スクールの発表会ライヴがあり、

その時に、デヴィッド・ボウイの歌を歌いました。

 

『スペース・オディティ』か『スターマン』かかなり迷った末、

最終的に『スペース・オディティ』を選択し、その歌をステージで歌ったら、

それまでずっと、私の心の中にいたデヴィッド・ボウイが、

ス~ッと消えていった感じがして。。。

 

あれ以来、あの何とも言えない、

妙な寂しさを感じることもなくなりました。

 

 

あの時選ばなかった『スターマン』は、次の年のライヴにまわそう。。。と。

当時はそう思っていたのですが、1年も経つと気も変わり。。。

 

今はもう、、、なんとなく、『スターマン』じゃないなぁ。。。

 

・・・と、そんな気持ちになっていて。。。

 

 

今年もそろそろ、ライヴで歌う曲選びの時期です。。。

 

最近はさすがに、もう激しい歌とかノリノリの歌を歌う気が

しなくなってきて。。。

 

なのである時、もうこれからは、発表会では

サラ・ブライトマンの歌だけ歌っていこうと、、、

 

いったんはそう決めたりもしたのですが、、、

 

 

先生に「この歌歌います!」って言う直前になって、、、

なぜか突然、それまでは想像もしていなかった歌のフレーズが、

急に頭の中に浮かんできました。

 

そして、「あ、絶対にこれ歌うんだ!」と、、、

根拠のない確信がやってきて。。。

 

もうその曲以外は、考えられなくなりました。

 

 

 

昔、、、ブログを通して知り合ったある人が、

この曲が私のイメージだと言っていました。

 

その人とは、リアルでお会いしたことはなかったし、

文字で語る私しか知らなかったその人の中で、、、

一体、私はどれだけ美化されているんだろう。。。と(苦笑)

 

だって私は母なのですから。。。

こんなにか弱くはない(笑)

 

 

もし実際の私を見たら、、、

あまりのギャップにきっと、ショックを受けるだろうなぁ。。。と、

苦笑いしましたけれども、、、

 

でも同時に、とても嬉しかったりもしました。

 

私も、デルタ・グッドレムのこの曲は好きだったから。。。

 

 

そんな懐かしいエピソードがあったことも、

なんとなくふと思い出しました。。。

 

あの人は、、、お元気かなぁ。。。

 

 

 

記憶って面白いですね。

すっかり忘れていたことが、何かのキッカケでふと、

鮮明によみがえったりすることがあるのですから。。。

 

 

 

 

 

 

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カバラは、昔は、40歳以上の既婚の男性しか、

学ぶことを許されていなかったのだそうです。

 

カバラに限らず、西洋の神秘哲学や神秘主義の伝統は、

男性的な物の考え方の間で育ってきたのだろうなぁ。。。

 

・・・と感じるような部分が、たくさんあります。

 

少なくとも、、、女性の私の眼には、そう映ります。

 

・・・とは言っても、こういった世界にもこれだけ惹かれる

自分がいるのですから、当時は私も、男性だったりしたのかも。

 

・・・なんて思うことも、よくあります。

 

 

占星術やタロットの世界も、男性達が発展させると、

どうしても哲学チックで小難しくなる。

 

逆に、女性たちが発展させると、どうしても

ミーハー的な占いに傾く。。。

 

 

男性は天を目指し、女性は地に降りる。。。

 

 

どこを見ても私には、、、

そういう図式が見える。。。

 

 

そういえば、、、

哲学が発展した時代の古代ギリシャは、家事や仕事などは、一切、

女性たちの負担だったらしく、男性達はヒマでやることがなかったから、

ああいった哲学が発達したんだよ。。。と。

 

そんな話をどこかで聞いたような気がします。。。

 

 

 

ここ数日、カバラの世界に集中していたので、

頭が少し疲れてきました。

 

あと少しで生命の樹が完成。。。というところですが、

ちょっと、休憩したくなりました。

 

 

・・・と、ここまでは、すごい長い前置きでした(笑)

 

 

 

昨日の夜、久々に少しいろいろ起こりました。

エネルギー的なことで。

 

電子機器はよく、そういったエネルギーや意識などに反応しますが、

昨日の夜、ある状況でPCがフリーズしたので、

ちょっと、、、念のために、ゼニスのヘルパーさんとか、

ウイングメーカー達とか。

 

とにかく、何でもいいから私よりすごい人たちに、

守護と浄化をお願いしました。

 

 

これは、自分の手には負えないものかも。。。と感じたときは、

そういう存在を信じて委ねてしまうのが一番だ。。。と。

 

ヒーラーをやるようになってからは、そういうことを

しみじみと感じるようになりました。

 

なんでもかんでも、自分一人の力でやろうとは

しなくなってきました。。。

 

だんだんと。。。

 

 

昨晩そんなことはありましたけれども、

今日は特に何も起こりませんでしたし、

もう、すっかり忘れていたのです。

 

でも、会社からの帰り道、、、

なぜか唐突に、よく家族でドライブに行く、

ある定番の場所に行きたくなり、

週末だし、気の向くままに、、、

そのまま車を走らせてしまおうと。。。

 

 

会社からそのまま家を通り越して、

さらに奥へと車を走らせると、そこには「印旛沼」という沼があり、、、

私たち家族はその沼の周辺を車で走るのがなぜか好きで、

ヒマになると飽きもせず、意味なくそこへドライヴに行ったりしていました。

 

でもある時、その沼には竜の神様の伝説があったことを知り、

なんだか、不思議な気持ちにさせられました。

 

 

印旛沼の竜伝承

 

 

それにしても、、、

そんな伝説のある沼の周りをこんなに何回も何回も

グルグルと、しかも家族みんなで周らされていたなんて。

お百度参りでもあるまいし。。。と。

 

みんなで苦笑いしながらも、でもやっぱりあのあたりを

ドライブするのが好きで。。。

 

その後もよく、フラッと沼を周っていました。

 

 

でも実は、あのあたりでは確かに、

以前から、「何か」を感じていました。

 

竜の伝説のことを知る前から。。。

 

それまでは、水辺のせいだからだろうと思っていたのだけれども、、、

沼のそばにある印旛沼公園のトイレとかは、、、

ちょっと怖くて、ひとりでは入れなかったりしたのでした^^;;

 

幽霊とかの怖さではなく、、、神社で感じるような怖さ。。。

・・・とでもいえばいいのか。

 

 

とにかく、、、竜伝承の発端はなんであれ、、、

おそらくあの沼やその周辺には本当に、

エレメンタル、、、つまり、思念体としての竜はいそうだよね。。。と。

 

家族で、そんな話はよくしていました。

 

 

印旛沼の竜は、伝承によればとっても優しそうな竜みたいなので、

多少、エネルギーを分けてあげてもいっか。。。なんて言いながら(笑)

 

 

今回、、、あぁ、もしかして、、、

竜が呼んでくれているのかな。。。なんて。

 

道の途中、そんな気がしてきました。

 

雨を降らせて、浄化してくれるのかな。。。と。

 

もしそうだったら、ありがたいな。と。

 

 

気づけば、最近いろいろ忙しかったせいか、、、

そこへドライヴするのもだいぶご無沙汰になっていました。

 

そして、今日久々にそちらに向かうと、、、

今まで工事中だった新しい道が、いつの間にか開通していました。

 

 

ついさっきまで、竜が、、、とか言っていた私たちなのに、

「新しい道」からの誘惑にサッサッと負けて、

あっという間に気が変わり、ついついそちらの道へと

向かってしまいました。

 

 

ただ、その道を走っている時、なぜか私の口からふとこんな言葉が。。。

 

「ねぇねぇ、、、竜の神様と、あの神社の神様、、、

どっちが強力だと思う?」

 

・・・と。

 

 

自分でも、何でこんなことを言っているのかよく解らなかったのですが、、、

急に口をついて、そんな言葉が出てきたのです。。。

 

 

そして、、、

それしか言っていないのに、夫にはその神社がどの神社のことなのか、

どうやらすぐに解ったみたいです。

 

 

その新しい道、、、まだ、ナビにも表示されていないその道を進んでいくと、

標識があり、それによると、道はそこで行き止まりになっていました。

 

その標識を観ながら、夫が右へとハンドルを切った途端、

「あれ、まだ道の続きあるじゃん!」と。

 

その道には、まだ先があったことに気づきました。

 

でも、もう車線変更もできないし、そのまま右に進むしかなく。。。

 

 

「ちゃんと前見てないから間違えるんでしょ~~~」と、

お互いに罪をなすりつけあいながら(笑)

仕方なくその道を進んでいったのですが、ほんの少し進んだところで、

夫が、自分たちが今、どこにいるか気づいたのでした。。。

 

 

「あ、、、ここって、このまままっすぐ行くと、あの神社だ。。。」

 

 

家族そろって思いました。。。

 

あぁ、、、また、呼ばれた。。。と。

 

 

呼ばれた神社は、麻賀多神社。

 

その奥には、ものすごいエネルギーを放つご神木があったり、

天明さんが日月神示を授かった場所があったりと、、、

いろいろと不思議な神社です。

 

 

麻賀多神社のお話

 

 

長野の守屋神社と並び、、、どうもここは、、、

我が家とはご縁のある場所のようで。。。

 

行く気なんてなかったのに、気づいたらここに連れてこられてた。。。

・・・ということが、これまでも何度かありました。

 

 

でも今回は、、、呼ばれたというよりかは、

呼んでくれた。。。という気持ちのほうが強かったです。

 

 

もう真っ暗で、さすがに怖くて神社内に入る勇気はありませんでしたが、、、

神社の前の道を通るとき、、、

昨日の一件で、私の中でちょっと気になっていたものを、

そこの神様が一気に浄化してくれたようだ。。。と。。。

 

なぜか、そんな気がして。

 

なんだか、とてもありがたい気持ちになりました。。。

 

 

デヴィッド・ボウイの曲を聴きながら、、、

ジュース片手に、車でサーッと横を通り過ぎていくだけの私たちに、

強力な浄化のシャワーを浴びせてくれたようで。。。

 

なんて、心の広い神様なんだろうと。。。

 

心の底から、、、感動しちゃった。

 

 

 

もちろんそのあと、竜の神様のいる沼も一周して、

お礼の気持ちを送ってきました。

 

 

キッカケを作ってくれて、ありがとう。。。と。。。

 

 

「ワシより、あっちのほうがそういうのは得意なんじゃよ」

 

・・・と。

 

 

どこからともなく、、、そんな声が聴こえたような気がして。。。

 

 

なんだか、、、心強い。。。というか、ありがたかったです。

 

いろんな存在が、守ってくれているんだなぁ。。。と。

 

そう感じる気持ちはやっぱり、、、

人として、大切にしたいな。。。と。

 

 

 

 

 

 

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ダアートは、セフィラと言えばセフィラなのですが、

他のセフィラとは、少し別物として考えられています。

 

それは、「見えないセフィラ」と呼ばれています。

 

 

伝統的にも、生命の樹の図の中でこの場所だけは、

いつも点線で描かれています。

 

ダアートは、「知識」と言われていますが、

それは、「神を知る体験」なのだと。。。

 

そういう風に伝えられてきたようです。

 

 

これまでに、生命の樹の研究をしてきたカバリスト達は、

それはそれはたくさんいたと思いますが、

本当に「神を知る体験」をしたカバリスト達は、

一体、どのくらいいたのでしょうか。。。

 

その長い歴史の中、ダアートについては、

マインドの領域において、様々な議論が飛び交ったと思いますし、

そのせいでよけいに複雑化し、ややこしくなってしまったような説明も、

あちこちに多々見受けられたりもするように感じています。

 

 

 

ここはきっと、、、

その体験なしには、語るのも理解するのも、

とても難しい場所なのだと。。。

 

個人的には、そう感じていたりします。

 

 

 

ここは本当に、、、

言葉ではどうしても、説明できないところです。

 

 

 

私は、、、

今回の人生ではなぜか、何も意図せず、

何も求めていなかったのに、

ほとんど偶発的に、その体験が起こってしまいました。

 

それもまだ、、、10代だった頃に。

 

 

それは、宗教的に言えば「神を見る体験」ですし、、、

私が自分の言葉で言うとしたら、それは、

「本当の自分がなんだったのかを完全に思い出した経験」です。

 

 

そのことについては、これまで10年以上も、

自分のブログの中であれこれ書いてきました。

 

でもそれは、本来は「言葉にできないもの」でしたので、

手を変え品を変え、、、

いろんな表現を使って、伝えてきたつもりです。

 

 

その経験を通して得られたものは、

何が起ころうとも決して失われることのない、

究極の安堵感でした。

 

そして、この世界、この現実をどのようにして捉えるのか、、、

そういった物の見方は、180°、、、

いえ、それ以上変わりました。

 

その一瞬によって。。。

 

一瞬であり、永遠であった、あの時に。

 

 

けれども、だからと言って、超人になったわけでもありませんでした。

突然、人間離れした何かになったわけでもありません。

 

表面的には何も変わらないのです。

 

普通の人間のままです。

 

でも、、、深い深いところで何かが大きく変わるのです。。。

 

 

ウイングメーカーの本の中でこの言葉を読んだとき、、、

私は、ものすごく大きく頷きました。。。

 

そして、、、

あぁ、こういうことを言ってくれる人が、

この世界にいたんだ。。。と。

 

ものすごく嬉しくなったのでした。。。

 

 

 

この強烈な嵐からそよぐ表層的な風を経験した人々が、

テラ・アース(地球上)に存在した。

 

ある者は、それをアセンションと呼び、またある者は、

啓示、ヴィジョン、悟り、ニルヴァーナ(涅槃)、宇宙意識と呼んだ。

 

人間体験の標準からすれば、

そのような経験は非常に深遠である一方、

サヴァリン・インテグラルの最初の兆しに過ぎない。

 

その存在の彼岸の淵に触れ、

目覚めに徐々に慣れていくのである。

 

 

 

それは本当に、、、

私にとっては、「前兆」に過ぎない体験でした。

 

そこがゴールではありませんでした。

 

あれはふと、、、誰かに肩を叩かれたような、、、

そんな体験でした。

 

「ほら。。。思い出して」

 

・・・と。

 

 

あの経験は、私にとってはある意味では、

これ以上ないくらい深遠な経験であり。。。

 

ある意味では、重荷となる経験でした。

 

 

けれどもきっと、、、

あの経験がなければ、私はきっと、これほどまでに

ウイングメーカーに惹かれることもなかったでしょうし、、、

 

ウイングメーカーと関わらなければ、

今の自分はいなかっただろうと思います。

 

ブログも書いていなければ、

ヒーリングをしたり、講座をしたりもしなかったでしょう。

 

今出会っている人達とも、、、

もしかしたら、道が交差しなかったかもしれない。。。

 

 

そう思うと、、、いろいろと、感慨深いです。。。

 

 

 

ダアートに触れると、、、

必ず何かが変わる。。。

 

 

これだけは、確かなことだと思います。

 

 

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©WingMakers.LLC

 

 

 

どんどんややこしくなっていきますが、、、

 

イエソドを取り囲むようにして、ホッド、ネッツァー、マルクートで創る

三角形は、「植物意識」でした。

 

これは、「植物原理」として考えることができるようです。

 

次に、ホッドとネッツァーとティフェレットで創る三角形、、、

その部分が「動物意識」で、これは「動物の知性」と考えるようです。

 

 

そして、、、

ティフェレットとゲブラとヘセッドで創られる次の三角形が、

「人間意識」と呼ばれる部分です。

 

ここは別名「自己意識」。

 

 

ここにきてやっと、私たちは「人間」になるんですね。

やっとのことで、「本物」の自己を確立できるようです。

 

 

この「人間意識」とはどんなものなのか。。。

 

それをシンプルに一言で言い表すとしたら、これです。

 

「良心」

 

 

良心とは何だろうと突き詰めていけば、、、

私が最後に辿り着いたものはやっぱりこれでした。

 

 

「慈愛」

 

 

WM的に言えば、ハートの美徳。

愛の六つの側面。

 

感謝、赦し、思いやり、理解、謙虚、勇気。

 

 

子供たちに言うと、「なんか、道徳の教科書に出てくるみたいな話だね」

なんて言いますけど(笑)

 

 

ああいったところに書かれているようなことを、

あぁ、、、ホントにそういうことなんだなぁ。。。と。

抵抗なく素直に受け入れられるようになるまでには、

たくさんの経験が必要になりますね。

 

 

 

「人間意識」には、ティフェレットのセフィラが関わりますので、

人間になるためにはまず、ティフェレットの意識に

気づかないといけないようです。

 

なのでカバラでは、ここに生きるまず最初の目的は、

ティフェレットの意識を目覚めさせること。。。と。

 

そういう風に教えるんですね。

 

自分の中にある太陽を昇らせる、、、

アマテラスを表に出してあげること。

 

 

 

 

今までの、神秘主義的な考え方はこうです。

 

ティフェレット(魂)はイエソド(エゴ)に、

自分の声に気づいてほしくて、自分を表現してほしくて、

いつもあれこれ、アクションをかけています。

 

イエソドがティフェレットの声にちゃんと気づくまでは、

カルマの力によって、あれこれ出来事が起こります。

 

ですから、例えば、そのイエソドにとっては、「痛い」という

感覚を学ぶことが必要だとティフェレットが思ったら、

まずは、イエソドを軽く転ばせます。

 

それでイエソドが、「痛い」をしみじみ理解すればそれでOK。

 

イエソドがそこを軽く通り過ぎてしまったら次は、自転車で転ばせる。

それでもだめなら、自動車事故に合わせる。

 

イエソドがそれを理解するまで、その学びとなる出来事が

表面的な形を変えながらも、人生の中で起こり続ける。。。

 

 

 

今どきのスピではよく、こういった説明がされています。

 

ティフェレットは、観察者。

それは、イエソドの経験を収集して、源へ送っている。。。

すべてOKで、何もジャッジすることはない。

 

 

これって一見、ティフェレットは優しそうなイメージですが、、、

つまりはもう、イエソドの面倒を何も見てくれないということで。

 

ティフェレットは何も導いてくれなくて、、、

ただ見ているだけで。

イエソドの責任は、それだけ重くなったみたいに感じます。

 

 

でも、こういった考え方が巷に広がってきている状況を見る限り、、、

この時代、私たち人類全体としてのイエソドは、、、

その「自由意思」の責任を本気で負えるくらいにまで、

生命の樹を登ってきていると言えるのでしょうか?

 

何事も、イエソドの自由意思に任せると、、、

ティフェレットはそう宣言したように感じますが。

 

 

ずっと自分のティフェレットと会話してきた私としては、

そういうの、ちょっと寂しく感じたりもします。。。

 

「私たちを統合しなければいけません」と言われたとき、、、

頑張ろう。。。と思う気持ちと共に、、、

もう話せなくなるのはちょっと寂しいな。。。と。。。

 

そう感じたことを、今でも覚えています。。。

 

 

「観察者」というのは、本当はティフェレットではなく、

大いなる源、ファースト・ソースなんです。

 

カバラでは、ファースト・ソースのことを「アイン」と呼びます。

 

そのアインは、生命の樹の背後にあって、樹には顕現していません。

 

 

ティフェレットはそのアインがこの世に顕現した最初のセフィラ、

のちのちお話しする「ケテル」というセフィラを映す鏡です。

 

そして、ティフェレットを映す鏡が、イエソドです。

 

イエソドは、反射の反射になりますから、、、

その像は、かなりぼやけています。

 

 

ですので、イエソドの鏡を一生懸命磨いてピカピカにすれば、

ティフェレットをそのまんま映し出す鏡になれるわけです。

 

 

古いものと新しいもの。。。

 

そのふたつが入り交じり、見事に統合されているものが、

ウイングメーカーなんですね。。。

 

ウイングメーカーの内容は、よくよく読めば矛盾だらけで。

それがなぜかと言うと、古いものと新しいものが、

ごちゃまぜになっているからです。

 

 

ある場面では古い形で、ある場面では新しい形で

説明がされていたりします。

 

だからこれは、本当にあれこれ混乱しますし、

でもあえて、簡単には理解できないようにできているのだろうと。。。

個人的にはそんな気がしています。

 

こういうのって、、、

男性マスターたちがよく使う手です。

 

意地悪でもあり、愛に満ちていたりもします。

 

 

 

みずがめ座は、伝統を重んじ、、、

そして伝統の中のもう必要のない部分だけを壊し、改革し、

時代に沿った新しい形に作り直します。

 

そんなみずがめ座の匂いがプンプンするウイングメーカーの中でも、

その中心とされているものは、

「ティフェレットを目覚めさせること」だったりします。。。

 

つまり、私たちに「本当の人間になりなさい」と。。。

 

そう呼びかけているんですね。

 

だから、、、ウイングメーカー達は、

「未来の人間」だと言われているのです。。。

 

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