
ダアートは、セフィラと言えばセフィラなのですが、
他のセフィラとは、少し別物として考えられています。
それは、「見えないセフィラ」と呼ばれています。
伝統的にも、生命の樹の図の中でこの場所だけは、
いつも点線で描かれています。
ダアートは、「知識」と言われていますが、
それは、「神を知る体験」なのだと。。。
そういう風に伝えられてきたようです。
これまでに、生命の樹の研究をしてきたカバリスト達は、
それはそれはたくさんいたと思いますが、
本当に「神を知る体験」をしたカバリスト達は、
一体、どのくらいいたのでしょうか。。。
その長い歴史の中、ダアートについては、
マインドの領域において、様々な議論が飛び交ったと思いますし、
そのせいでよけいに複雑化し、ややこしくなってしまったような説明も、
あちこちに多々見受けられたりもするように感じています。
ここはきっと、、、
その体験なしには、語るのも理解するのも、
とても難しい場所なのだと。。。
個人的には、そう感じていたりします。
ここは本当に、、、
言葉ではどうしても、説明できないところです。
私は、、、
今回の人生ではなぜか、何も意図せず、
何も求めていなかったのに、
ほとんど偶発的に、その体験が起こってしまいました。
それもまだ、、、10代だった頃に。
それは、宗教的に言えば「神を見る体験」ですし、、、
私が自分の言葉で言うとしたら、それは、
「本当の自分がなんだったのかを完全に思い出した経験」です。
そのことについては、これまで10年以上も、
自分のブログの中であれこれ書いてきました。
でもそれは、本来は「言葉にできないもの」でしたので、
手を変え品を変え、、、
いろんな表現を使って、伝えてきたつもりです。
その経験を通して得られたものは、
何が起ころうとも決して失われることのない、
究極の安堵感でした。
そして、この世界、この現実をどのようにして捉えるのか、、、
そういった物の見方は、180°、、、
いえ、それ以上変わりました。
その一瞬によって。。。
一瞬であり、永遠であった、あの時に。
けれども、だからと言って、超人になったわけでもありませんでした。
突然、人間離れした何かになったわけでもありません。
表面的には何も変わらないのです。
普通の人間のままです。
でも、、、深い深いところで何かが大きく変わるのです。。。
ウイングメーカーの本の中でこの言葉を読んだとき、、、
私は、ものすごく大きく頷きました。。。
そして、、、
あぁ、こういうことを言ってくれる人が、
この世界にいたんだ。。。と。
ものすごく嬉しくなったのでした。。。
この強烈な嵐からそよぐ表層的な風を経験した人々が、
テラ・アース(地球上)に存在した。
ある者は、それをアセンションと呼び、またある者は、
啓示、ヴィジョン、悟り、ニルヴァーナ(涅槃)、宇宙意識と呼んだ。
人間体験の標準からすれば、
そのような経験は非常に深遠である一方、
サヴァリン・インテグラルの最初の兆しに過ぎない。
その存在の彼岸の淵に触れ、
目覚めに徐々に慣れていくのである。
それは本当に、、、
私にとっては、「前兆」に過ぎない体験でした。
そこがゴールではありませんでした。
あれはふと、、、誰かに肩を叩かれたような、、、
そんな体験でした。
「ほら。。。思い出して」
・・・と。
あの経験は、私にとってはある意味では、
これ以上ないくらい深遠な経験であり。。。
ある意味では、重荷となる経験でした。
けれどもきっと、、、
あの経験がなければ、私はきっと、これほどまでに
ウイングメーカーに惹かれることもなかったでしょうし、、、
ウイングメーカーと関わらなければ、
今の自分はいなかっただろうと思います。
ブログも書いていなければ、
ヒーリングをしたり、講座をしたりもしなかったでしょう。
今出会っている人達とも、、、
もしかしたら、道が交差しなかったかもしれない。。。
そう思うと、、、いろいろと、感慨深いです。。。
ダアートに触れると、、、
必ず何かが変わる。。。
これだけは、確かなことだと思います。