スタディ・グループの中では。
メンバーの人達に対して。
マテリアルに対する、
私の解釈とか見解などは、
割と、ハッキリと伝えていた。
けれども、いつも、
釘はさしていた。
「でもこれは。
あくまでも、私個人の
思いであって。
ジェームズの真意は、
ジェームズ自身にしか
解らないよ」
・・・と。
そして当初。
私の頭の中で思い描いて
いたような形は。
日本人にはちょっと、
難しかったりするのかな。。。と。
そう思い始めたりもしていた。
私は、メンバーそれぞれが、
自立して。
自分自身の見解や解釈を
持ってほしかったのだ。
それがたとえ。
違っていてもいい。。。
そこに、明確な
正解、不正解はないのだから。と。
そうやって、自立した者同士が、
健全なディスカッションを
することによって。
そこに、錬金術が起こり。
新たな何かが
生まれるかも。。。と。
そういうことを、
期待していた。
そして。
メンバー同士。
あまり、慣れ合いには
なりたくなかった。
あまり親密になり過ぎると。
「情」がわいて。
マテリアルよりも、
人間関係に囚われるようになる。
・・・と。
そう思っていたからだ。
女性は特に。
「おもちゃ」よりも、
「人」に関心が湧くようだから。
けれども。
最初に集ったメンバーの
半分が。
「もともと、友達」
・・・であったことで。
現実は。
そのあたりのバランスを
とることが。。。
実は。
すごく難しかったりもした。
*******
英語の学校に通っていた頃。
海外の先生達がイライラしたり、
呆れたり、諦めていたりした
ポイントがあって。
それは、私達生徒が、
ちゃんと、自分の意見を
言わないことだった。
何か意見がある人いますか?
・・・と先生に訊ねられても、
生徒はみんな、
下を向いているし(苦笑)
個人的に質問されても。
「I don't know.」
・・・としか答えない、
私達生徒。
生徒側としては。
正直、めんどくさいのだ(苦笑)
議論することが。
ただ、聞いているだけのほうが、
ラクなのだ。
でも。
私達のそういう在り方が、
海外の先生達には理解できない
ようで。
もちろん、日本生活が長い
先生たちは。
「日本人って、こういうものか」
・・・と、理解していたりも
するけれども。
中には、熱血先生もいて。
「WHY????」
・・・と、小一時間、
問い詰められたこともあった。
なぜ、君たちには。
意見がないんだ~~~。
なぜ、黙っているんだ~~って(笑)
その先生の必死の
問いかけさえ、黙ったままで。
下を向いたままで、
やり過ごそうとする、私達生徒。
先生。
相当、混乱しただろうな(苦笑)
スタディ・グループの時は。
そんな昔のことを、
思い出したりしていた。。。
でも。
これが。
一般的な日本人の
在り方だったりするよなぁ。。。
・・・とも、思っていた。
どうしても。
「哲学的ディスカッション」には、
発展しない。。。
「中心的に話す人」と
「ただ黙って聞く人」
・・・の形になってしまう。
間違えていたらどうしよう。。。
周りから変だと思われたら、
どうしよう。。。と。
個よりも、全体を
重視する私達日本人は。
そういう、ジェネティック・マインドに
支配されているから。
*******
昔。
ダスカロスのサークルに
参加していた時。
そこのサークル・リーダーの
女性が、ポロッとこぼしていた。
「ダスカロスがいない中で。
マスターがいない中で。
私達だけで、こうやって
話していてもねぇ。。。」
・・・と。
彼女の言いたいことは、
すごく解った。
サークル・リーダーであった
彼女も。
そして、メンバーの私達も。
どこかで、
物足りなさを感じていたから。
そこにマスターがいれば。
今、自分の解らないことが、
解るのではないか。と。
みんな。
そんな期待をするからだ。
実際には。
自分で見つけない限りは。
人はいつまでも、
迷ったままなのに。
でも、いつもいつも、
そうやって。
マインドが感じる
「物足りなさ」に。
負けてしまう。
それもまた。
私達人間の、
弱さだと思う。。。
*******
もし。
ジェームズが。
このスタディ・グループに
来てくれて。
あれこれ語ってくれたら。
私は、ラクだろうなぁ。。。
・・・なんて、考えたことも。
実はあった(笑)
でも。
当の、ジェームズ本人は、
何かのマテリアルの中で。
「私は、自分の作品に関して、
あれこれ説明はしたくない」
・・・みたいなことを
言っていたので。
スタディ・グループの中で
語ってもらう。
・・・なんて妄想が。
本当に本当に遠い夢で。
決して叶わないことも
解っていた。
そして。
「説明したくない」と。
そう言っていた、
ジェームズが。
私は、好きだった。
本当に彼は。。。
スピリチュアル・リーダーと
いうよりも。
芸術家だなぁ。。。と。
そう思っていた。
作品で、語る人。。。
芸術家の中でも、
自分の作品に関して、
事細かに、あれこれ定義する
人もいたりするけど。
私は。
ただ、作品をそこに
置いておくだけの。
無口な芸術家のほうが
好きだから。。。
でも、ジェームズも。
あんなことを言っておきながら。
たまに、チラホラ、
人間らしいところも見えた。
たまに。
我慢できなくなって、つい。
・・・みたいなことも
あるんだな。と。(笑)
そう思っていた。
「そうじゃないんだけど」
・・・って思いを。
抑えきれなく
なったのかな。。。とか。
そう感じる時も。
時々、あった。
*******
そんなこんなで。
スタディ・グループでは常に、
試行錯誤の連続だったけど。
この日本で。
日本人気質において。
私の理想の在り方を
実現させることって。
難しいことだなぁ。。。と。
そういうことを、
だんだん感じ始めていた頃。
翻訳者の彼との、
ああいう出来事があった。
そしてそのすぐあと。
母が倒れて、
入院することになった。
赤ちゃんの時に、
健康優良児で表彰された
ことがあるらしい母。
身体は。
ものすごく丈夫で。
ほとんど病気知らずだった母。
その母のような人ですら。
歳をとると、
こんなことが起こるんだ。と。
なんだかすごく。。。
変な感覚になった。
私も。
そして、母自身も。
母はきっと。
前日まで普通で。
朝、目が覚めたらそのまま、
眠るように息を引き取っていた。
・・・みたいな人だと。
勝手に、
そう思っていたから。
あの頃は。
スタディ・グループだけでなく。
ヒーラーとしてのお仕事の面に
おいても。
いろいろ、思うことが
あったりしていた時で。
そんな時に。
あの母が倒れたということは。
それは私にとっては。
ひとつの、メッセージのように
感じたのだった。
これもまた。。。
流れなのだなぁ。。。と。
*******
つづく