運命の出会い 164 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

面白いな。。。と思うのは。。。

 

精神世界に関心を持ち始めた頃に、

いろいろと興味を持ったチベットは、

主に、ニンマ派の密教だったけれども。

 

それは、私の中の「男性性」を

刺激してくるもので。

 

同じチベットでも、ダライ・ラマの教えは、

私の中の「女性性」を刺激してくる

ものだったりした。

 

 

こういうのもまた。

個人的なものであり。。。

 

人によっては、ダライ・ラマの教えが、

その人の男性性を刺激してくることだって

あるのだろうな。。。とも思う。

 

 

だからこの世では。

 

マニュアルって作れないな。と

思う。。。

 

 

感じ方も、受け止め方も本当に。

十人十色。人それぞれだと思うから。。。

 

 

*******

 

 

あの頃。。。

『チベット死者の書』が面白かったので、

いろいろと、調べていると。

 

OSHOが、『バルド瞑想』という。

『チベット死者の書』に基づく瞑想というものを

教えているという情報にぶつかった。

 

 

あの頃の私にとって、OSHOという人は、

もうすでに、「過去の人」になりつつあったけど。

 

それでもまだ、「OSHO」と聞くと、

自分の中になにか、かすかな反応が

起こるのを感じていて。

 

正直言うと。

 

そういうのがちょっと。。。

うっとおしく感じていたりもした(苦笑)

 

 

もう、忘れてスッキリしたいのに、

スッキリできないもどかしさ。みたいな。

 

 

ある日、OSHOのそのバルド瞑想の

DVDが販売されていたことを知り。

 

私は、そのDVDを購入してみることにした。

 

 

それまで、OSHO関連の本やCDなどは、

ひとつも買ったことはなかった。

 

そこにはものすごく、

「抵抗」があったから。。。

 

 

でもあの時は、なんというか。

 

「これは、見るべき」

 

・・・みたいな声が。

 

自分の内側から響いてくるような

気がしたのだった。。。

 

 

今にして思えば。。。

 

あの時私はきっと。

何かを確かめたかったのだろうなと。

 

そんな風に思う。。。

 

 

*******

 

 

そのDVD。

 

実は、たったの一度しか観ていないので、

これもまた、詳細は忘れてしまったけど。

 

私はそれを観て。

 

OSHOに対して、激しい嫌悪感を

抱いたことを、今でもよく覚えている。

 

 

そのDVDの内容は。。。

 

『バルド瞑想』の指導は、ほんの少しだけで。

 

あとはほとんどが、OSHOと弟子?の

質疑応答みたいなシーンだった。

 

 

「あなたの話が聞きたかったんじゃないの~~!」

 

・・・みたいに(笑)

 

 

私は、なんだか。

詐欺にかけられたような気持ちになったし。

 

その、ほんの少しの『バルド瞑想』でさえも。

 

『チベット死者の書』というのは名ばかりで、

実際は、OSHO自身の思想に

基づいているんじゃないか!

 

・・・みたいな(苦笑)

 

そんな印象を受け。。。

 

ついつい、怒りまでもが

こみ上げてきたりもした。。。

 

 

更に、イライラしてしまったのは、

質疑応答シーンで。

 

やたらと偉そうに語る(ように見えた)

OSHOに対して。

 

ものすごくドン退いている

自分を感じたのだった。。。

 

 

そんな自分の様子を観察しながら。

自分でも驚いていた。

 

 

*******

 

 

ほんの数年前は。。。

 

OSHOのサイトで語られる彼の言葉や、

書店で立ち読みした本から

感じていたものは。。。

 

「心地よさ」

 

・・・ではなかったっけ?

 

 

それなのに、今はなぜ。

こんなに嫌悪感を抱くのだろう。。。と。

 

 

やっぱり、「文字」だけでは。

語られる「言葉」だけでは。

 

その人の「本当のところ」を、

見抜けなかったりするのかもしれないな。。。

 

なんて思ったりもした。

 

 

でも。。。

 

OSHOの在り方を見て、

自分がこんなにイラつく理由は。

 

あの頃ももうすでに、、、

なんとなく、気づいていた。

 

 

ダライ・ラマ。

 

・・・という人を深く知り。。。

 

彼から漂ってくるエネルギーを、

心地よい。。。と、心底感じた今。

 

 

OSHOの在り方は私には、、、

「傲慢」に映ってしまったのだと思う。。。

 

そこに、「謙虚さ」というものを

まるで感じることが出来なくて。

 

 

だから。

 

「イヤだ」

 

・・・と。

 

そう感じてしまったのだろうと。

 

そんな風に思う。

 

 

もっと言えば。。。

 

私が今回の人生で目指したかったのは、

「仏陀」ではなく、「菩薩」であることに、

その時はもう既に、気づいてしまっていたので。

 

 

だから。

あんな反応が起こったのだろう。。。

 

 

 

今現在の私はと言えば。。。

 

OSHOのことは、好きでも嫌いでもなく。

 

今は、彼を見ても。

何の反応も起こらない。。。

 

 

OSHOは。。。

 

私の意識からはもう。。。

完全に消えてしまった。。。

 

 

それでもきっと。

 

OSHOとも、どこかの人生ではきっと、

深いご縁があったのだろうな。とは。

 

今でも思っている。

 

 

*******

 

 

OSHOのバルド瞑想のDVDを観て、

イライラの反応が出てきた私は。。。

 

ふと、こう思った。。。

 

 

「ダライ・ラマって。。。

OSHOのことを知っているのだろうか?

 

もし、知っていたとしたら。

彼は、OSHOのことを、

どう思っていたりするのだろうか?」

 

・・・と。

 

 

それで、「ダライ・ラマ」と「OSHO」という

キーワードを入れて、検索をかけてみた。

 

すると、あるブログにぶつかった。

 

 

そのブログを書いている人は。

ダライ・ラマの教えや、OSHOの教えを

あれこれ検証していたりして。

 

いろんなことに詳しそうな人だったので。

私は一度、コメント欄で質問してみた

ことがあったのだけど。

 

その人も、ダライ・ラマがOSHOについて

何か言っていたかどうかということは、

知らないようだった。

 

 

でも私は。

実はその時点で、そういうことはもう、

どうでもよくなりかけていた。

 

なぜなら。

その人の書いているブログの内容が、

私にとっては、共感できるものが多くて。

 

面白くて。

 

なのでつい、そのブログを読むことのほうに、

気を取られてしまっていたからだ。。。

 

 

そして、その出来事がキッカケとなり。

 

新たな、もうひとつの「風」が、

吹いてくることになったのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく