自分の中の「女性性」を刺激してくる。。。
・・・という流れが、本格化してきた頃に、
吹いてきた風というのがいくつかあったけど。
そういう「風」は。。。
あの時の私にとって必要なものを、
運んできてくれていた。。。
チベットから吹いてきた風も、、、
そのうちのひとつだった。。。
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巷のスピリチュアル界に違和感を抱くように
なっていったのも、ちょうど、あの頃からだった
ように思うのだけど。
あの頃は。
「引き寄せの法則」のブームも
そうだったけど。
「考えるな、感じなさい」
・・・みたいなことも、だいぶ、声高々に
言われるようになったりしていて。。。
私は、そういうのも。
あまり好きではなかった。
こんな感じで私は。
ホント、好き嫌いが激しくて。
ただ。
この「嫌い」の理由もやっぱり。
あの頃は、頭でハッキリ解っていたわけではなく。
ただ、感覚的に違和感を覚えるから、
だから、近づかない。。。
・・・という感じだったかな。
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「考えるな、感じなさい」ばかりが
強調されて伝えられるようになってきた頃。
私はいつも。
モヤモヤしていた。
これって。。。
「言葉だけ」を取ってみたら、
何も間違ったことは言ってない。。。
私自身。
まずは、「感覚」から入るほうだから。
頭で先に判断しないで、
まずは、感じてみる。。。
・・・というのは、すごく解る。。。
なのに。
なぜ、こんなにイヤなんだろう?
なぜこんなに、違和感を感じるのだろうと。
その理由を。
自分でも知りたかった。。。
そしてやっぱり。
感覚的に解っていることを。
頭でも理解するには、時間がかかった。。。
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今となってはもう。
ハッキリと解っているのだけど。
「考えるな、感じなさい」
この言葉を、ただ、額面通りに
受け止めてしまったら。
人は、考えること自体を
放棄してしまうのでは?
考えるということ自体を、
悪いことだと思うようになって
しまうのではないのか?
・・・と。
そういう危機感のようなものが、
自分の中にあったのだと思う。
人を、思考停止状態に導く。。。
自分の意見を持つことに対して、
罪悪感を抱くようになっていく。。。
それをどこかで。
心配していたのだと思う。
ミス・リードを。
たしかに。
どうでもいいことを、ごちゃごちゃと
考えるのは、私達人間の。。。
思考の悪癖ではあるのだけど(苦笑)
でも、だからと言って。。。
あの言葉を、額面通りに受け止めて。
個人個人が、思考すること自体を
完全に放棄してしまったら。
それこそ、操作しやすい人の
出来上がり!
みたいに、なってしまうよね。。。と。
そんな風に。。。
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どこかで、、、
こんな話を聞いたことがある。。。
「悪魔は、99%の真実と。
1%の嘘で、人を操作する」
・・・と。
だから、陰謀論者的に。。。
スピの情報もまた、
誰かに操作されていたりするのでは?
・・・なんて、考えたこともあった。
でも、なんというか。
うまく言えないけど。。。
こういうのって、そうではなくて。。。
その「悪魔」という言葉を。
「私達の未熟な自我」に置き換えると。
私には、ものすごく。
解りやすかった。。。
この「未熟な自我」はというのは。
カバラ的に言えば、「動物意識」レベル
なのだけど。
それは、マインドとハートの
バランスが崩れていて。
いつでもマインドが、
主導権を握って離さないというか。
ほとんどのことを、
マインドの独断と偏見で決めている。
みたいな。
そんな状態であり。。。
そんな状態に慣れきってしまっている
私達の自我に対して。
「考えるな、感じなさい」
・・・という言葉は、、、
毒になりかねない。
だって。
その言葉を解釈するマインド自体が、
まだまだ、未熟なのだから。。。と。
そう思っていたのだろうと思う。。。
もちろん。
こういうことを、頭が。
マインドが理解したのもまた、
だいぶ、先のことだったけど。
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そんな中、ダライ・ラマは。。。
「懐疑心を持つことの大切さ」もまた、
説いていたりした。。。
「健全な懐疑心」というものを。
あの仏陀も。。。
「私の教えを最初から鵜呑みにせず、
疑って、いろいろ調べて。
それでも正しいと思った時、
その時は学びはじめなさい」
・・・とおっしゃっていたのですよ。。。と。。。
ダライ・ラマは、そう話していた。。。
あの講演会の質疑応答の時。
ある女性がそのことについて
質問していた。。。
「私は、直観で選ぶことがあるのですが、
それについてはどう思われますか?」
・・・と。。。
すると、ダライ・ラマは。。。
「直観はとても大事ですが、
でも、それだけだと危うい」
・・・と、そう言っていた。。。
ダライ・ラマのこういう話を聞いていると、
自分の胸が、スカッとしていることに
気づいた。。。
今流行りのスピの教えを聞いて、
モヤモヤ~っとなるのとは、
気分がまったく違っていた。。。
だから私は、あの時決めたのだ。。。
これから先も。
私は、「健全な」懐疑心を持ち続ける
ことにしようと。。。
なんでもかんでも、
無邪気に受け入れ、信じるのではなく。
なんでもかんでも、
そのまま鵜呑みにするのではなく。
ちゃんと自分で。
自分の頭を使って、考えよう。。。と。
でもそれは結局。。。
それまでの私の在り方とは、
まったく矛盾するものではなかったのだ。。。
私はそれまでもずっと。
そういうスタンスでやってきていたのだから。。。
だからこそ。
妙に、ハートばかりを重視する、
今どきのスピリチュアルからは。
ますます、距離を置くことに
なっていったのだろうと思う。。。
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つづく