運命の出会い 161 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

以前のブログに、、、

ダライ・ラマの講演会に行った時のことが、

いろいろと、詳しく書いてあった。。。

 

 

 

ダライ・ラマの法話

 

ダライ・ラマ講演 仏教と科学の共鳴

 

直観と猜疑心

 

 

 

初めてダライ・ラマの声を生で聴いた時。。。

 

生。。。といっても、マイク越しでは

あったけれども。

 

ダライ・ラマの声って、

野球の野村監督の声に似てるな。

 

・・・なんて思ったことを覚えてる。。。

 

 

野村監督の声が、もう少し澄んだ感じ。

 

だと思った。。。

 

 

先日。。。

野村監督が亡くなった時も。

 

そう言えば私は。。。

このことを思い出していたな。。。

 

 

 

一日目、法話が終わり、質疑応答などの

時間になると。

 

ダライ・ラマはおもむろに。

着ている袈裟と同じ色をした、

赤いキャップ帽(サンバイザーみたいな)を

かぶりだし。

 

私はもう。。。

 

その姿が、野村監督にしか

見えなくなってきてしまって。。。

 

ひとり、笑いをこらえるのに苦労した^^;

 

 

なんで、ダライ・ラマ。。。

あんな帽子を被っているの??

 

これは、お茶目な彼の、

ギャグなの???

 

・・・なんて思ってしまったけど(笑)

 

 

もちろん、そんなわけはなく。

 

あれはおそらく、スポットライトが

眩しいから被っていたのだ。。。

 

・・・ということが、あとになって解った。

 

 

いろんなこと、忘れてしまっているのに、

こういう、くだらないことは、

けっこう、覚えていたりする(笑)

 

 

*******

 

 

チベット仏教は、、、

 

「慈悲の心を持つことの大切さ」

 

・・・を、ものすごく強調する。。。

 

 

そして私は、、、

そういうところが大好きだ。。。

 

 

チベットのお坊さんたちは。

 

「慈悲心」は、喩えていうなら、

「母親が子供を思う気持ち」だと

言っていた。

 

 

何度も書いたけど。

 

ミッション・スクール時代は、

神に奉仕しなさい、隣人に奉仕しなさいと、

うるさく言われて。

 

でも私は、

そんなことは不可能だと思っていた。

 

人間には無理だと思っていた。

 

だからすべてが、

「偽善」にしか見えなかった。

 

 

でも。

自分が、実際に母親になった時に

初めて。

 

自分の中に、その兆しを感じた。

 

何も無理することなく。

演技することなく。

 

子供に対しては自然と、

そういう気持ちが湧いてくる自分に、

すごく、驚いた。。。

 

 

そしてそこで。

人間の中にある「可能性」を感じた。。。

 

 

もしかしたら。。。

出来るのかもしれない。。。と。

 

 

 

自分自身に

こういう経緯があったから。

 

チベット仏教の喩えは。

 

私にはとても、共感できた。。。

 

 

そして。

この、「慈悲の心」がまずなければ、

奉仕の心も、利他の心も生まれない。と。

 

私は思う。。。

 

 

たとえ、密教で一足飛びに、

「すべてである私」の意識に到達して、

真理を理解したとしても。

 

「人間としての私」というのは、

未熟なままで。。。

 

 

そこが未熟なままなのに、

真理を知ったということに胡坐を

かいてしまったら。

 

それはもう。

落とし穴に落ちた。。。

 

・・・ということで。

 

 

だからだと思う。。。

 

ダライ・ラマはこう言っていた。

 

 

密教の修行をする前に、

まずは、顕教を学ぶことが大切です。

 

・・・と。

 

 

そして彼らがその顕教の中で、

一番大切にしているものがこの。

 

「慈悲心」

 

だった。。。

 

 

*******

 

 

あの日、質疑応答の時間の時、、、

ある女性がダライ・ラマに、

こんな質問をしていた。

 

 

 「常に愛情いっぱいで過ごしていたのに、

ある日突然、愛する家族を交通事故で

なくされた方の支援をしています。。。   

 

たとえばその事故の相手が、

悪質な飲酒運転だったりとかした時。   

 

それでも、その相手に対して利他の心や

慈悲の心を持つことが、私には難しく。。。

とても出来ないのですが。。。」  

 

・・・と。。。

 

 

この質問に対して、ダライ・ラマは

たった一言で答えていた。

 

 

「それでも。。。

慈悲の心を持つのです」

 

・・・と。

 

そう言いきっていた。

 

 

また、他の女性がこんな質問をしていた。

 

 

「中国共産党が、チベットに対して、

どれだけひどいことをしてきていたのか。

私達は知っています。

 

どうにかして、中国共産党をチベットから

追い払い、平和なチベットを取り戻して

あげたいと、強く思っています。

 

私達に出来ることはなんでしょうか?

私達にしてほしいことがあったら、

教えてください」

 

 

・・・と。

 

 

彼女はこう言いながら、感情が高ぶってきたのか、

途中、涙ぐんで言葉をつまらせたりしていた。

 

おそらく、彼女につられて涙ぐんだ人も、

あの会場の中にはたくさんいたと思う。。。

 

そんな雰囲気だった。

 

 

それに対して、ダライ・ラマは

こう言った。

 

 

「はい」

 

・・・と。

 

彼が言ったのは、その一言だけだった。。。

 

そしてその様子は、

ものすごく淡々としていて。

 

マイクをまわす、司会者の人も、

一瞬、戸惑っていた。

 

 

これらの質問をした女性たちよりも前に、、、

 

今が苦しくてしかたない。。。

どうしたらいいのか。。。

 

・・・というような質問をしていた

ある若い女性がいて。

 

ダライ・ラマは、彼女に対しては、

とてつもなく優しい態度で。。。

 

それこそ、包み込むような感じで、

彼女にたくさんのアドバイスをしていた。

 

 

けれども、あの二人の女性たちの

質問に対しては、それとは打って変わって、

すごく、淡々とした態度だった。

 

 

私は、そんなダライ・ラマの在り方を見て。

 

さすがだな。。。

 

・・・と思った。。。

 

 

*******

 

 

その日の帰り道。。。

 

両国の駅のホームで、

二人の年配の女性たちが話している

声が聴こえてきた。。。

 

彼女たちも、先ほどのダライ・ラマの

講演会に参加していた人達のようだった。

 

彼女たちは、こんな風に言っていた。。。

 

 

「ダライ・ラマは、、、あれでしょ?

兄弟とか、亡くされていないんでしょ?

だからやっぱり、解らないわよねぇ。。。」

 

 

・・・と。

 

 

その言葉が耳に入ってきた時、、、

私はものすごく、複雑な気持ちになった。。。

 

 

誰にも。。。

ダライ・ラマの真意は解らないの???

 

・・・と。

 

少し、ガッカリした気持ちに

なったりした。。。

 

 

そして。。。

 

そういうこともすべて解りながら。。。

 

それでも、毅然とした態度で、

一貫して慈悲の大切さを説き続ける

ダライ・ラマという人は。。。

 

本当に、強い人だ。。。と。

 

 

あの時私は。。。

ダライ・ラマを、心から尊敬した。。。

 

 

*******

 

 

つづく