守矢史料館にて | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

 

※守矢史料館※

 

 

昨日の日記『諏訪大社と守矢史料館』の続きです。

 

 

 

昨日も書きましたが、、、

ここに来たかったのは、ミシャグジ神にご挨拶したかったからです。

 

 

この神様の呼び名、「ミシャグジ」とか「ミシャクジ」とか「ミシャグチ」とか。

いろいろあるようなのですけれども。

 

あと、漢字もいろいろあてられているようで。。。

 

 

今後、この神様のことをブログに書くとき、

どの名前で統一しよう。。。

 

 

・・・なんて考えていたのですけれども、

この神様を祀ってある場所にあった立て看板には、

「みさく神」と書かれていたので、そう呼ぼうかな。。。

 

 

「サク」という響きが、なんだか素敵に感じたので。

 

 

なので、ミサクさま。

 

 

 

史料館の中には、串刺しのウサギとか、

たくさんの鹿の頭のはく製とか。

 

他にもいろいろ、

けっこう、コワいものが展示されていて。

 

 

そういうものは、昔行われていた儀式の一部を

再現したものらしいのだけど。

 

なんとなく、写真を撮る気にはなれなくて。

 

 

でも、見るのは今回で2度目だったので、

そこまで変な気分にはなりませんでした。

 

 

それに、、、

前回来た時は、他に誰もいなくて、

シーンとした中でそれを見たりしたので、

いろいろ考えちゃったりしたけど。

 

今回は、次から次へとひっきりなしに

お客が入ってきていたので、雰囲気にひたるとか、

そんな感じではなかった。

 

 

史料館の方も、「今日はGWだからか、満員御礼で・・・」

なんておっしゃってました。

 

 

この方は、前回の時にもいらっしゃった方だ。。。と、

お会いした時、すぐに思い出しました。

 

あちらは多分、、、覚えていないでしょうけれども(笑)

 

 

入館するときに、

 

「ここの中は、縄文時代なんですよ」

 

・・・とおっしゃっていて。

 

 

あ、、、前回の時には聞かなかったセリフだ。。。と。

 

 

なんだか、何かがいろいろ変わったんだな。。。と。

 

そんな気がしたのでした。

 

 

 

前回、夫がご先祖のことをチラッと話した時、、、

その方は、ぽつりぽつりと、守矢家と物部守屋の関係について、

少しだけお話してくれたのだけど。

 

話を聞きながら、なんとなく。

もしかして、そういう話には触れたくないのかな?

 

・・・みたいな気がしたのを覚えています。

 

 

だから今回は、何にも言うまい。。。と。

私も、、、そして多分、夫も。

 

そう思っていたのだけどね。

 

 

史料館にあった小冊子を購入したら、

領収証用に名前を書いてほしいといわれ。

 

それで結局、我が家の名字がバレちゃったのだけど。

 

 

「あぁ、隣の守矢さんと、ご親戚の方だったんですね~」

 

 

・・・と、ことのほか、軽い対応が返ってきて、

あれ???と、なりました。

 

 

 

なんでも、ここ数年で、この史料館には、

世界中からたくさんの人が来るようになったのだそうです。

 

そして、日本全国各地から、「守屋」という名前の人が、

ここを訪ねに来ているのだとか。。。

 

 

「この前なんてね、物部守屋の子孫だという方が、

奈良から一族を引き連れて、家系図持参でお見えになってね」

 

 

なんてお話してくれました。

 

 

 

家系図なんて、、、私も見てみたい。

すごく、面白そう。。。

 

 

 

史料館の方のお話だと、「守屋さん」というのはやはり、

物部氏と関係がある人たちなのだそうで。

 

我が家のような「守屋」ではなくとも、

たとえば、「森谷」とか「守谷」とか。

 

漢字をかえて、音だけ残した家系もあるのだそう。。。

 

 

蘇我馬子に敗れた物部守屋の子孫は、

平家の落人のように、その後、各地に散らばったらしくて。。。

 

遠くは、東北のほうにまでも。。。

 

 

そんな中、諏訪に辿り着いた物部守屋の(←間違いなので後日訂正)

次男の武麿さんが、その地で神長官をやっていた、

この守矢さんのお宅に、養子に入ったのだそうです。

 

家系図も見せていただきました。

 

 

・・・ということは。

 

やっぱり、親戚になるんだよね。。。と。

 

なんとも、不思議な気分になりました。

 

 

 

実はこのお話は、前回の時も聞いたはずなのですが、

あの時は、どうしてなのでしょうね?

 

私の中に、そのお話はあまり残らなかったのだけど。

 

今回は、流れが流れだけに、、、

妙に、しみじみしちゃいました。

 

 

 

ここは、縄文時代なんですよ。。。とのことでしたから、、、

 

ミサクさまは、神道の神様、、、ではなくて、

シャーマニックな土着の神様のようで。

 

自然霊に近いのかもしれませんね。

 

 

そのミサクさまを祀っていたシャーマンが、

守矢家の始祖にあたる、洩矢神(もりやのかみ)なのかな?

 

神、、、なんて言ってるけど。

 

エジプトのファラオが神様扱いされていたのと

同じような感じだったのかもしれませんね。

 

 

 

シャーマニズム。

 

 

魔女に興味を持って、あれこれ勉強していた頃のことを

思い出します。。。

 

 

シャーマニズムは、エクスタシーの宗教。

 

私の中では、そんなイメージ。

 

 

自然、、、とか、性とか。

 

そういうものと、結びついたもの。

 

・・・みたいな。

 

 

 

史料館の方に、この神様はどんな神様なんですか?

と訊いてみたら、、、

 

 

「あのね、そう聞かれた時は我々は、

『わかりません』と答えてくださいって言われてるんですよ」

 

・・・と、おちゃめに笑いながらおっしゃってました。

 

 

「あ、、、なるほどぉ。。。そうなんですね。

わかりました^^」

 

 

・・・と、私も、つい笑ってしまった。

 

 

でも、そのあとちょっとだけ、付け足してくれました。

 

 

「ここは、うしろに守屋山があったりするでしょ。

だから、自然崇拝とか、そういうことを

昔からやっていたのだと思いますよ」

 

・・・と。。。

 

 

 

「蛇とかには関係あったりするのですか?」

 

・・・と伺うと、「ええ、ありますよ」と。

そう答えてくれました。

 

 

 

蛇は、クンダリーニ・エネルギーの象徴と。

 

そんなお話もあったりするので。

 

 

いろいろ、思うことありました。

 

 

 

 

史料館にいた時は、常時、良いお天気でした。

 

 

ミサクさまを祀る祠。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祠の左側の奥、小高くなっているところに、

古墳があるのですが。。。

 

 

 

 
 
 
ここね。。。
 
これは、前回来た時に伺ったお話なのだけど、、、
 
この古墳はもしかすると、例の、物部守屋の(←間違い訂正)
次男の武麿さんのお墓かもしれないと。
 
そう、言い伝えられているのだそうです。。。
 
 
 
武麿さん。
なぜ、守矢家の養子に入ったのでしょうね?
 
そういうところとかも、いろいろ知りたいよね。
 
 
 
史料館からの帰り道、夫が言ってました。
 
史料館の人の話していたことは、、、
昔、本家のおじさんから聞いた話と同じだ。。。と。
 
 
 
あぁ、、、なんだかちょっと。
 
楽しくなってきた☆