歌のレッスンで感じたこと | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

 

 

『オペラ座の怪人』の最後の高音。。。

 

すごく大変なのですが、

死ぬまでに、綺麗に歌えるようになれればいいなぁ。。。と。

 

今は、蚊の鳴くような、か細い声しか出ませんが、

でも、以前の声楽の先生が、少しでも音が鳴るのであれば、

練習次第でいつかは出せるようになる。。。とおっしゃっていたので、

ひたすら地道に、ゆっくりと。。。

 

焦るときっと、、、喉を壊すので。

 

 

そんな高音部分の練習のためにレッスンを始めたこの歌ですが、、、

実際レッスンしてみると、他のパートでもなかなか

難しいところはたくさんあって。。。

 

練習を重ねれば重ねるほど、色々と、自分にダメだし

したくなるところは、増えてきます。

 

そして、サラ・ブライトマンのような、世界を舞台にしている人達が、、、

本当に、、、どれだけすごいのか。。。と。

 

歌のことを深く知れば知るほど、

そういう人達のすごさも、以前よりもしみじみ解ってくるし、

より尊敬の念がわいてきます。

 

 

バレエダンサーの、アリーナ・コジョカルが以前、

「才能1%、努力99%」と言っていましたが、、、

本当に、こういった人達は、見えないところできっと、

相当な努力をしているのだろうなぁ。。。と。

 

そう思います。

 

 

 

学生時代、お友達同士で組んだバンドで、ヴォーカルをやったり

していましたが、今にして思えばああいうのは本当に、

お遊びみたいなものでした。

 

もちろん、あれはあれでとても楽しかったですし、

良い想い出ではあるのですが、、、

 

もっとレベルの高い世界というか、

より深い世界の景色を一度知ってしまうと、、、

なんというか、ああいうのでは、満足できなくなるんですね。。。

 

 

こういうのって、何て言うのかな。。。

 

プロになるとか、ならないというような、、、

他者に認めてもらう、もらわないといったような、

そういった表面的なことではなく、、、

 

もっとこう、、、内側のこと。。。

自分自身との戦い。。。みたいな。。。

 

そういうのが実は、、、すごい好きなんです、私って。。。

ひとりでこっそり、自分と戦うのが(笑)

 

 

 

声楽の世界は、もともと全く知らなかった世界でしたので、

そうでもなかったのですが、普通のボイトレを始めた時は、

葛藤の連続でした。

 

なぜなら、レッスンをすればするほど、

以前みたいに、ただ楽しく歌えなくなってきてしまったからです。

 

色々考えて歌うようになってしまったからです。

 

 

その前は、ただただ楽しく、ただ気持ちよく、、、

何も考えずに、感情レベルで歌っていただけでした。

 

ボイトレを始めると、呼吸がどうとか、腹筋背筋がどうとか、

地声、裏声、声を当てるところはここだあそこだ。。。と。

 

そういった「技術的なところ」に意識が向くようになってしまい、

歌っていても全然、気持ちよくなれなくなってしまって。

 

そういうのがイヤで、、、ボイトレを始めたことを

後悔したこともありました。

 

 

でも最近は思うのです。。。

 

そこを抜けてこそ、更にレベルの高い世界の喜びを

体感することができるのだと。。。

 

最近、そういう気持ちが自分の中に定着してきて、、、

だから、特に変わったこともない、毎回同じようなことの繰り返しである

地道なレッスンが、心底楽しくてしかたない。。。

 

 

 

こういうのは、精神的な世界でも同じです。。。

 

 

以前、自分のエゴイズムを消そうとして頑張っている人に

出会ったことがありました。

 

そしてその人は、こう言っていました。

 

「ある意味、こういうことを知らなかった頃のほうが

楽だったかも。。。」

 

・・・と。

 

 

 

本当にこの道を進もうと思ったら、、、

そこに楽な道って、おそらくないです。

 

実際は、努力の連続です。

 

でもそれが、本当に楽しいのです。

人に強制されてやるのではなく、自らやりたくなるのです。

 

なぜなら、その先に何が待っているのか解っているから。。。

 

 

 

ジェームズも、、、、

 

 

ここで実際にやるべきことは、

ハートの美徳の実践だけだよ

 

 

みたいなことを言っていましたが、、、

でも、こんな風にも言っていました。

 

 

それは一見シンプルに見えるけど、大変な道だよ。

 

 

・・・と。

 

 

そういう地味で、ひたすら同じことの繰り返しのような道は、、、

エゴが外側に刺激を求めなくなってからでないと、

実際には、歩いてはいけないのだろうなと。。。

 

そう思います。

 

 

 

ヒーリングが必要な段階というのも、そのスタートをきる以前の話です。

 

まずは、あらゆる傷を癒さなければ、こんなめんどうで、

複雑な道を自ら進んで歩いて行こうなんていう気持ちは、、、

きっと、起きませんから。

 

 

でも、多くの人が、癒された段階で立ち止まってしまいます。

刺激を楽しんで、おしゃべりしている段階で立ち止まります。

 

そのまま、この一生を終わる人もいます。。。

 

 

大いなる視点から見たら、それもそれ。。。

すべては完璧。。。

 

・・・ではあるのですが、私はそれでは、

もう、満足できません。。。

 

 

なぜならそれではずっと、、、

本物の光、、、本物の安心感には、

辿りつけないでしょうから。。。

 

いつまでたっても。。。

 

 

なんだか、書いているうちに、だいぶキツイことを

書いてしまったような気がしますが、、、

 

とりあえず、このまま記録しておきます。