脳科学的には、とか

 

心理学的には、とか

 

 

専門用語とか、

 

 

私はあまり使わないのですが、

 

 

使わないのには理由があります。

 

 

 

さまざまな学問で心や脳、感情といったものの仕組みが研究されていて、

 

私自身もそれらはとてもとても大切にしています。

 

 

それから、自分の仕事的にも、

 

 

例えば「脳科学的にアプローチをします」と言った方が、圧倒的に興味を持っていいただきやすいです。

 

 

それでも。

 

 

あまりそういったことを言わないのには理由があります。

 

 

 

心を感じていく、自分の心の中に入っていく、というのは、

 

 

学ぶことと同意でないと思っているからです。

 

 

 

私は学ぶことは好きですが、学びを本当の意味で活かしていくためにも、

 

 

何より自分自身を(本当の意味で)扱えるようにならなきゃいけない。

 

 

 

 

知識として、いくらそれらを自分の中にインストールしても、

 

 

「そういうことですよね」と、解釈して完結してしまう。

 

 

 

知識やメソッドって、本当に便利なのに厄介だなといつも感じていて、

 

 

人は便利なものに頼りがちだし、

 

それでなんとかしようとしてしまうけれど、

 

 

なんとかなっていない人をたくさん見てきました。

 

 

 

「知っているつもり」「わかっているつもり」が一番厄介で、

 

 

これはいつも自分にも振り返っていることなのですが、

 

 

傲慢になりやすい。

 

 

傲慢になると素直さもなくなるし、人の話を聞けなくなります。

 

 

 

見えないもの、聞こえないものが自分が気づかぬ間に増えていくのです。

 

 

これは私としては、仕事をしていく上で致命的です。。

 

 

なので、自分自身もいつも気をつけていること。

(それに、個人的にもとても恥ずかしい。。自分だけが気づいていないのだから。裸の王様みたいに、周りからは見えるのです。)

 


 

 

 

「知っているつもり」「わかっているつもり」には簡単になれるのですが、

 

 

それを持って人様に偉そうにアドバイスをすることだってやろうと思えばできるのですが、

 

 

傲慢さほど自分の足を結局ひっぱるものはありません。。

 

 

 

子どもには悪いことしたらごめんなさいって言わないとってみんな言うけど、

 

 

大人になったら、その一言が言えない人、山ほどいます。

 

 

でも、なぜ言えないのか、折れることができないのかは、理解しているので、

 

 

そこを掬い上げて、触れて溶かしていくのが私の仕事でもあるのですが、

 

 

苦しいと思うのです。

 

 

 

ごめんなさいひとつ言えない自分って。

 

 

何をそんなに守らなければならないものが自分の中にあるのか。

 

 

何がそんなに自分を頑なにしているのか、

 

 

わからないって。孤立していきます。人と心が離れていくのです。

 

 

 

そうやって人と人のコミュニケーションエラーって大きくなっていく。

 

 

 

 

心の仕組みは、体系立てたものがたくさんあると思います。

 

 

学ぶことももちろん大事で、学ぶ機会もいくらでも持てると思う。

 

 

 

でも、

 

 

向き合う、というのは、

 

 

そんな生半可なことじゃない。

 

 

 

「そういうことですよね」なんて、簡単な言葉で片付けられるような、

 

 

そんな心の軽やかさなんて持っていられません。

 

 

 

本当に心の仕組みを体験して、理解してきた人なら、

 

「あ。わかります」とか「そういうことですよね」なんて、軽々しく言えないと思うのです。

 

 

 

 

 

 

心を扱うために、一時、知識が邪魔をすることがある、と感じているという話です。

 

 

 

もう一度、誤解のないように書いておきたいのですが、

 

 

そういった専門家の方のお仕事や、研究が役に立たないと言っているのではなく、とても重要なものだと私自身認識をしています。

 

 

 

学ぶことも大切だと思っています。

 

知識も役に立ちます。必要なものです。

 

 

 

ただ、「私」という立場で人の心を扱う今の仕事をし、その人が本当に欲しいものを手渡すための手助けをするなら、専門的な表現や知識そのものが、足枷になる時がある。

 

 

 

 

届かないのです。言葉が。

 

 

そういった専門的なメリットを矢面に立たせてしまった途端、

 

 

お相手の「聞き方」が思考に寄るのです。

 

 

理解しようとする。

 

 

こういうことかなって、考えてしまう。

 

 

これを理解したら私はひとつ賢くなれるのかなとか、

 

問題が解決するのかなとか、

 

心を使いこなせるようになるのかなとか、

 

 

本当に不思議なのもので、なぜかそう思ってしまうのです。

 

 

自動的に。

 

 

 

これが、知らないものを知る瞬間の最大のデメリットだと私は思っています。

 

 

 

 

 

そうじゃない。

 

 

もっと深淵に触れていかないと。

 

 

考えるのではなくて、自分を掴まえにいかないといけない。

 

 

それができないと。

 

自分の心も人の心も触れることはできないのです。

 

 

 

それができたら、きっと知識も更に活かされるようになります。

 

 

これが両輪が回るようになる瞬間だと私は捉えています。

 

 

 

 

そんな話を、機会あるごとに特に香り師のみんなには話しています。

 

 

 

できるだけ機会が欲しいです。

 

 

伝えたい。

 

 

 

これは、勉強じゃなく、日々の中で伝えることが重要だと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

乗りこえるべきものは本の中にも、インターネットの中にもないです。

 

 

今、目の前に起きていることから目を逸らさないことです。

 

 

今日もがんばろう。

 

 

えいえいおー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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