今日、お友達と話しをしていて、ふっと口から出てきた言葉。
「心地よい場所や環境は自分で作る、作り上げることができるんじゃない?」
なにがきっかけになった話しだったのか、忘れてしまったけども、
友人の言葉を受けて思い浮かんだ言葉だった。
友人に向けての言葉かと思ったけど、
ううん、自分に向けての言葉でもあった。
そう、今の自分自身へ
フィンドホーンのあの素晴らしい環境や自然に心を奪われて、
あの地で目にしたものすべてを賞賛し受け入れて
喜んで楽しんで生活していた2週間。
日本に戻っている今もなお心の中でその姿を探し求めていた。
日本での生活が悪いもののように感じ、向こうでの生活が最善であるかのように・・。
なぜこの場所(自宅付近)はこんなにもコンクリートの世界なんだろう、
なぜ化学薬品のような臭いのする空気なんだろう
なぜ身体に優しい食事をすることが大変なんだろう
渡英前も同じ環境の中、自分の心地よい暮らしていたのにもかかわらず。
無意識ながらこちらでの生活を拒否していたことに気がついた。
「心地よい環境は自分で作る、作り上げることができる」
「どこにいても、何をしていても、最後は自分の在り方次第。」
そうだね。忘れてたよ。ありがとう。