なんていうか、
ここは自由にやるぞー!ってことは、そうでない場所もあったわけ。
●witterなんですけど(なんとなく伏せちゃうよ!)
もう本当に!なにが真実かも知らないで!!
もう本当に!怒ってはいないですけどね。へへへ。
人にはそれぞれの正義があるから、
あるからこそ、私はそれぞれ、信じたいことを信じればいいと思ってるんですけど、
一方の話だけを聞いて、一方にここまで肩入れできるっていうのは、
もう、それが好きってことだよね。
私が振った元カノと、その周りのはなし。
派手にわかりやすく”可哀想に見えるほう”に肩入れして、
慰めて、一緒になって悪く言って、それはもう楽しんでるでしょ!
そこに同情や共感、寄り添う心が最初はあったとしても、もう楽しんでる。
私はこれ、「慈悲ポルノ」だと思っています。
ゴシップ中毒は依存症にも近いもの。
ポルノはすけっぺいなことばかりではないよ、というはなし。
「共感」は、誰にでもできるようで、実際はスキルフルなことだから。
「かわいそう、そんなのひどい」だけで、万が一、
その中にほんの少しでも、1mmでも(それでそれで?)という気持ちがあったなら、
話を聞いてあげればあげるほど、「共感」から真逆に走り出してしまう。
真に人の話を聴ける人は、ほんのわずかしかいないのだ。