採用支援総合サービス・アークパワー社長池邉のブログ「どうとくか」 -401ページ目

優秀な人

「優秀な人がほしい!」

仕事柄、このような求人依頼が多い。




企業としては、当然の要望であるが、その依頼の中身を凝視すると、

どうも、合点がいかないことが多い。特に営業系の仕事依頼になると、

それが顕著になる。



どうやら、そう思ってしまう原因は、私にあるようだ。



とかく、


私の考える「優秀な人」とは、優しさに秀でた人であると解釈している。




しかし、営業の世界において、一般的に言われる優秀な人とは、

結果を残せる人、競争力のある人、交渉力のある人を指す。



その戦闘能力が重要であり、性格や品行方正は、二の次である。

とかく、人物像においては、人当たりがよければ、まず間違いはないであろう

と言った程度である。




要は、結果、収益を残せる人、すなわち「即戦力」を、企業は欲しがる。



確かに、そうだ。生きていく上では、当然のことであろう。




ところで、、、

スペインに、レアル・マドリードと言う銀河系軍団と謳われる世界最高峰の

プレイヤーが集うサッカーチームがある。



企業に置き換えると、即戦力の塊であろう。




それなのに、、、

その集団が、欧州選手権やリーグ戦で優勝できないのは、なぜなのだろう。



とにはかくにも、優秀な人が、即戦力になれる方法を、考えたい。

一生懸命な人、上手な人

一生懸命な人、上手な人、いずれも、仕事の結果だけを求めるならば

その違いは、本人にとって判りにくい。したがって、「妥協」も許される。




しかし、他者からの自分自身に対する評価は、そう甘くはない。



その本質を捉えるべく、時間をかけて、的確に見抜かれるからだ。



表面を、いくら取り繕えても、砂上の楼閣は砂上の楼閣である。




誰もが、いつかは失敗する。



上手な人は、その償いを強いられる。



一生懸命な人は、救いの手が伸びる。






私は、一生懸命でありたい。

本を読む

「本を読む」と言う言葉を聴いたとき、普通、だまって開いた本を

見つめた姿を想像するだろう。



当然と言えば、当然のような気もするが、、、




実は、本と言えば、昔は声をだして読むものだったそうだ。



理由としては、皆の識字率が低くかった為、字を読める人が声をだしてあげて、

まわりの人に読んで聞かせるためのものだったからだ。




ちなみに、本を読めるようになるためには、「素読」といった、

文章の理解はさておき、まず文字だけを声をたてて読むことを先にしたそうだ。

さらに、学校とか教わるような場所に行くと、これに講釈が加わり、自ら解読、

会読した。(会読とは、要は、その文章について、数人集まり、あれこれ意見を

述べ合うこと。)




この話を聞いて、

はて!自分は今、字を読む態度は如何に?と考えてしまった。



本を読むにあたり、解読までは、何となくやっているような気がするが、

そもそも、本を声を出して読んだりはしていないし、読んだ本について、

他人と、あれこれ意見を言い合うことなど、まずない。



ぼんやりと、テレビを見ていると、殺人事件や、悲惨な出来事について

様々な討論が繰り返されている。




自分は、いつから、討論をする側から、討論を眺める側に変わってしまったのだろう。



そう考えると、自身の本を読む態度について、

何だかもったいない気がしてきた。