平等
唐突だが、
例えば、
頑張っている人を「3」と評価
して、
頑張っていない人を「1」と
評価して、
そのどちらでもない普通の人を
「2」と評価した場合、、、
みんなに饅頭(マンジュウ)を6個、
「平等」に配ろうとしたら、
どのように分配すれば「平等」に
配れたと言えるだろうか?!
まず、実力どおりに、
A)3:1:2とするか?
それとも、平等の言葉の意味を
真っ当して、
B)2:2:2とするか?
仮に、
A)を選ぶなら、がんばって
いない人が更に「やる気」を
失ってしまう可能性があり、
B)を選ぶなら、がんばって
いる人が、
何だ、結局、がんばっても
がんばらなくても一緒か?!
と「やる気」を失ってしまう。
だけど、
よくよく考えてみると、、、
A)、B)どちらを選んだにせよ
普通の評価を受けてしまった人は、
もともと、がんばり具合が「2」で、
もらいも「2」となれば、
そのもらいは「当然、当たり前」と
思うのが自然な流れな訳で、、、
結局、
「平等」と言う仕組みって奴は、
普通の評価を受けてしまった人の
「やる気」をもっとも起こさせ辛い
仕組みとなるのでは?!
であれば、
それに変れる仕組みって何だ?!
う~ん、、、
う~ん、、、、、、
パス(><)
テーマをミスった・・・
と思う今日この頃である。
身体知
唐突だが、、、
物を覚えるって、何も頭だけじゃ
なく、
身体でも、色々と覚えてんだな・・・
と思うことがあった。
例えば、
昔、学生時代とかにサッカーや
野球など部活を一生懸命やって
いた人が、
社会人になってから、何年もその
スポーツから離れていたとして、
あるとき、
久しぶりにそのスポーツをやる
機会があったら、
たとい最初はギコチなくても、
少し身体を動かせば、すぐに
昔の勘が戻ってくるでしょ?!
要するに、
頭だけで何でも理解して完結
していくのではなく、
身体で色々と解ることがある
訳だから、
机の前に座って、まずは考え
始めてから動きだすのではなく、
さっさと、身体を動かすだけで
思い感じて解ったりすることって、
あるのでは?!
とにかく、考えるだけじゃなくて
さっさと動いてみよう!
さあ、行動!
そう思う今日この頃である。
PS
他愛ない話だが、、、
いったい何時頃からだろう?
メールを送る最後に追記事項が
あったりする場合に、
“PS”
と付けて書くようになったのは。。。
ホント、いつ頃に覚えたのか
まったく記憶にないのだが、
いつの間にか覚えた事の代表的な
一つである。
ところで、
“PS”って何の略?!
改めて考えてみると、ちゃんと
意味を知らずに使っていたことに
気がついた。
なになに、、、
【PS】※11
Postscriptの略。
【Postscript】※2
《略式》(手紙の)追伸、二伸
《「追々伸」はPost postscript 略PPS》
とのこと。
へぇ~
追伸の次って、「二伸」とか「追々伸」
って言うんだ。
英語だと、“PPS”ねぇ。
なるほど、知らんかった(><)
やっぱ日々勉強やね。
そう思う今日この頃である。
(※引用:ジーニアス英和辞典第3版 大修館書店)