・・・あぁ、どうあがいたって正義を振りかざす人間では無くなってしまった。
ザァー・・・・と雨が淡々と降る中、ただ一報の連絡を待つために屋根のない電話口でひたすら待ち続ける男がいた。アーテル港街の外れに位置する住宅街に傘もささないその姿はもはや異様な雰囲気を醸し出す。
肩まである茶髪の髪にブラウンの瞳。雨で蒸し暑い中、茶褐色のコートを着ている。
大きなカバンと翼の紋章。それはまさにその地域を守る防衛隊長を意味するものだった。
(26秒の遅延行動・・・何かあったのか。それとも、イレギュラーな事が起きたのか)
携帯端末は赤い画面に時刻と RE CALLING という文字が記載されている。
連絡先の相手は恐らく電波が届いていないか。もしくは破壊されたかという結論に至る。どちらにしてもいい事ではない。何かあったならば早急に動く事を要する。その為には傘はあまりにも不必要なことであった。
その時、その電話が鳴る。
さっと受話器を取ると、すぐさま反対の腕で携帯端末をポケットに入れる。
「28秒の遅刻だ。どうした、何かあったのか。レイス」
「いえ・・・何も。心配かけてすいません」
そう聞くとほっと肩を落とす。しかし、通話越しに聞くその声は明らかに動揺を隠し得ないものであった。その後。間を開けずにレイスは淡々と連絡事項を告げる。
「例の能力者の生存を確認しました。その他の生存者は会話できる範囲では約1名。」
「そうか。そのものの保護は頼めるか。恐らく、一ヶ月後、大きな空爆が起きるはずだ。ここの地域の人民をできる限り守ることをしなければならない。彼を・・・・・・」
「了解です。言いたいことはわかるので、ただ貴方も無理はしないでください。まだ傘もさしていないんでしょう?」
男は少し微笑み、レイスに告げた。
「君たちは傘をさして、人を助けるのか?」
「そういう事を言うからいつも”濡れ衣”を被せられるんですよ、誰かさんにね」
呆れかえるレイスの言葉に言葉を返せずにいる。
・・・しかし、その言葉の裏には彼女の優しさがあった。
「ありがとう、そういうことにしておくよ。じゃあ僕は仕事に戻るとしよう・・・では」
「はい、ではまた夜の集会に」
(・・・あぁ、やはり名前を聞くのはダメだな。個人主観を持ちすぎてる。しばらくはそっとしておこう)
ガチャっと受話器を置く男。
思いっきり濡れた服をどうしようかと考えているときに誰かがその男に声をかける。
「名前は聞いたのか。リドル、大事なことだろう」
「聞いていたのか、さすがだ・・・神出鬼没なところはそっくりだ」
茜色の長髪に同じコートを来て傘をさす女性。固めは髪で隠れているが、そこからでも見える赤い眼光はある人物だと想定させるにふさわしいものだった。リドルはその人物がきたことを知るやいなや、濡れた髪を上げて、目線をその女性に目を向けた。
「聞いていないが、恐らく大丈夫だろう。そんなに気にすることじゃないよ」
「何が大丈夫だ。そんな言葉は確定してから言え。忘れたわけではあるまい、予定時刻は過ぎている。その時間の間に何があったのか。何を世迷言に耽ったのか聞く必要もあるだろうが・・・・反論は」
「僕は彼女を信じてるからね。血には飢えていない人間ほど信用できるものもないだろう特にあの地域で生存者がいるというだけである程度は特定できる。恐らくレジェン・アーク・・・という人物だ」
その威圧に負けじと、リドルはすぐさま言い返す。
その言葉に偽りはないことを察したか、レイスは少しため息をつく。
「なるほど、アルディウスの羊供か。まだ生き残りがいたとはな。多少の記憶混同も仕方がないわけか」
「あぁ、しかも彼女は直ぐに名前を言わないだろうね。僕たちを信用していないから。濡れ衣っていう名目とはまったくもってね。皮肉で嫌だな」
そう言うとリドルは何もない空虚の空間に大きな片手でギリギリ収まる本を創りだす。天・地の部分から無限に投影されるページは全く終わりのない人生教本(ライフブック)とも言える程の情報量を持つものだ。
リドルの持つ本は今までの人生に記憶されたものを紙媒体として保管できる能力を有している。つまり、レイスが連れてくるであろう人間の目星はあらかた認識済みという事になる。
「20056の3に記載はされているね。アークか。いい名前じゃないか。親は分からないが、どうやら選外地区の外れに住んでいたとある。しかし記憶にない名前だ。どこでこんな事を聞いていたのかは覚えていない」
「珍しい、そんなことがあるのか。その本は記憶をするんだろ?状況把握は完全のはずだが」
「いや、盲点があるんだ。情報を聞き流すとかね。僕もそこまで完全じゃないよ、だけど・・・」
そのページから約数枚の空白。何も書き込んでいない逆に恐怖を感じるくらいの空欄がそこにあった。
NO MESSAGE という言葉と、人物の顔だけが消されている。いわば、リドルが拒絶したほどの内容だったのか。それとも、その人物に対して情報量が多いのか。
(・・・ここまで穴の空く事はなかったハズなんだけどなぁ。)
――――――――――――
「ふうぅ。リドルさんの連絡も終わったし・・・」
レイズは一通りアークを見たあと。彼に問いかける
「どうこの場所?いいところだと思うけど・・・」
「まぁ、周りの目を除けば」
そう、アークの服は多少血のかかった血生臭い服を着ていることに代わりはなかった。
確かに他の人からすれば、異端でしかないだろう。
「ほらぁ、そこの大人さんっ!変な目で見ない!」
そうアークが呟く後にレイスはそんな大人を叱り散らす。少女がなぜそんな男をかばうのか。
その時点で察するものがあるのか、周りの人は普通の生活に戻っていった。
「・・・やっぱり僕はここにいない方がいいんじゃ」
「そんなことないッ!!絶対大丈夫!私がいるものっ」
その目に嘘はないとアークは感じていた。
少なくとも周りの人間よりは・・・とも思っていたのも事実。
「だから、正直に答えて欲しいこともあるの。これからの貴方にとって重要な事、能力について」
「能力?そんな現実離れな・・・」
「それを貴方は持っているんでしょ?色識別。」
数秒間沈黙を保った後、アークはその口を開く。
「最初は見えなかった・・・でもあの時に。あの、雨の時から―――その間の事も覚えていないんです」
「あの時?」
「最初にレイスさんに会う時まで・・・だから残ってるのは数時間の記憶だけ。」
(本当は少し残ってるけど。ここで言っても信用はされないな・・・話したくもない。)
そう言うとレイスは聞いてはいけない事に感づいたのか少し目をそらす。
いわば―――暗黙の了解。
「・・・ごめんなさい。でもそれでも聞くしかないの。少しでも状況を報告しないといけないからせめてなにか知ってることでも無いかなぁ?」
レイスはそれでも引くことは許されなかった。
何かあれば報告をしなければならない。もし変な素振りをしたら殺害も試みる必要もある。そんな緊迫する状況でも優しく接するのがレイスの信条だった。だからアークもそれに答えようとする。
「力がなかったから・・・立ち尽くすしか無かった。でもきっと夢だと思うんです。あまりにも現実味のない物なので」
決死に思い出すアークにレイスはどんな表情で向き合えばいいのか分からずにいた。
笑顔か冷淡な表情か。どちらにしても彼の気持ちを考えると無理をさせていると思ったからである。
「何かあったの?」
「黒い、あれはまるで――――」
その時、アーク達の上空を’何か’が通りすぎた。
大きく影を残し、頭上を去っていく。風が一気に体を通り過ぎる。その姿をレイスは目で咄嗟に追い状況が危機的状況であると察知した。いや、誰でも判断できるほどの巨大な影は、大きな兵器。
明らかに武装されたモニュメントである。
「嘘!?こっちになんで来てるの、あんなの!?」
「あれは昇降兵器・・・実在したのか」
十字架を形どった中には藍色の結晶が埋め込まれてる。