日々の出来事や、考えたこと、参拝した神社のことなどを徒然なるままに綴っていきたいと思います。
山口県防府市に鎮座するのが、周防国一ノ宮の玉祖神社(たまのおやじんしゃ)です。祭神は玉祖命。八尺瓊勾玉を作った神様で、別名櫛明玉命、羽明玉命、豊玉命、玉屋命とも称す。参道入口の一の鳥居境内入口の二の鳥居境内拝殿扁額境外摂社の濱宮御祖神社
山口県下関市に鎮座するのが、長門国一ノ宮の住吉神社(すみよしじんじゃ)です。祭神は第一殿に住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)の荒魂第二殿に八幡大神(応神天皇)第三殿に高良明神(竹内宿禰命)第四殿に息長帯比売神(神功皇后)第四殿に諏訪明神(建御名方命)社号標柱と鳥居境内の鳩神橋神池と厳島神社参道変な顔の狛犬 変な顔の狛犬石段と楼門神像神像拝殿本殿
福岡県久留米市の高良山(標高312m)の中腹に鎮座するのが、筑後国一ノ宮の高良大社(こうらたいしゃ)です。主祭神は高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)で、相殿に八幡大神、住吉大神という筑前国一ノ宮の祭神を祀っています。神社へは最寄りバス停から歩いて登りの参道を1時間半以上かかりそうだったので、西鉄久留米駅からタクシーでやって来ました。三の鳥居の脇にある社号標石三の鳥居から続く石段131段の石段登った先にある境内石段を登り切ったところから振り返ると久留米市の街が広がります。中門・透塀拝殿本殿展望台からの筑紫平野の眺め三の鳥居より北に行ったところにある下向坂石段の鳥居帰りは石 の参道を歩いて下りました。参道を下って少し行くと途中にある鏡山神社もみじ谷の案内板蓮台院御井寺跡伊勢天照御祖神社高良の神が初めに降り立ったとされる馬蹄石ニの鳥居一の鳥居
福岡県福岡市博多区に鎮座するのが、筑前国一ノ宮の一つ住吉神社です、古代の海の一族であるスミヨシ氏の奉斎する神社です。スミヨシ神も三つの神格を持ち、表筒男命、中筒男命、底筒男命の海の三神を奉ってます。西にある表参道入口の社号標柱と 一ノ鳥居参道本殿に向かう参道途中にある少彦名神社ニノ鳥居神門茅の輪拝殿境内社の菅原神社(左)、人丸神社(右)志賀神社船玉神社のぞき稲荷の岩荒熊白鬚稲荷神社荒熊稲荷神社・白鬚稲荷神社三日恵比寿神社
福岡県福岡市東区に鎮座する筑前国一ノ宮の一つである筥崎宮(はこさきぐう)です。祭神は応神天皇、神功皇后、玉依姫命で、九州の一ノ宮に多い八幡宮の一つです。社頭の石の鳥居社号標石境内「敵国降伏」の扁額が飾られた楼門 拝殿西末社東末社
福岡県福岡市東区に鎮座する香椎宮(かしいぐう)は、神社の由緒によれば、仲哀天皇九年(200)、神功皇后が自ら祠を建て、夫である仲哀天皇の神霊を祀つまたのが起源。神功皇后の宮は元正天皇の養老七年(723)に皇后御自身の御神託により、朝廷が九州に詔して社殿の造営を創め聖武天皇の神亀元年(724)に竣工したもので、此の両宮を併せて香椎廟と称しました。鳥居楼門御神木の綾杉。神門拝殿本殿巻尾神社稲荷 神社鶏石神社しょうぶ池に突き出た弁財天社
福岡県福岡市志賀島に鎮座するのが、古代の海の一族であるアズミ氏が奉斎した志賀海神社(しかうみじんじゃ)です。海の神様を奉斎する一族には神の神格を三つに分けて祀る癖があるのだろうか。この志賀海神社も宗像大社と同じく辺津宮、中津宮、沖津宮とある。中津宮、沖津宮は志賀島の北側の先にあり、辺津宮は南側の集落の北にある。ムナカタ氏の神様は宗像三女神と呼ばれる市杵島姫、湍津姫、田心姫に別れており、アズミ氏が奉斎する志賀海神社の祭神は、中津綿津見命、表津綿津見命、底津綿津見命の三神。海の神、ワタツミ神です。島の入口の参道の鳥居。ここから集落を通って志賀海神社に向かう。神社入口。ここから石段が続く。参道途中の鳥居山の神を祀る祠。神門摂社の今宮神社志賀海神社辺津宮拝殿遥拝所とのことだが、どこを遥拝するのか?本殿境内社の大神客社(左)と惣社(右)境内社の荒神社(左)と祇園社(右)磯崎社松尾社秋葉社熊四郎稲荷社
福岡県宗像市に鎮座するのがムナカタ氏の奉斎した神社、宗像大社(むなかたたいしゃ)です。古代の海の一族ムナカタ氏の奉斎する神は三つの神格を持ち、市杵島姫、湍津姫、田心姫の三女神が、九州本土の辺津宮、大島の中津宮、沖ノ島の沖津宮のそれぞれの主祭神として祀られています。社頭の社号標柱鳥居太鼓橋池祈願殿神門辺津宮拝殿辺津宮本殿仮宮 その他、数多くの境内社がありました本殿の裏から見た回廊本殿高宮祭場への参道鳥居高宮祭場へ高宮祭場宗像大神降誕の地と言われ、沖ノ島と並んで最も神聖な場所とされている。第二宮沖津宮の分霊を祀る第三宮中津宮の分霊を祀る
三井寺の南に鎮座するのが、縁城寺の鎮守社の一つである長等神社(ながらじんじゃ)です。鳥居楼門拝殿本殿大津馬神社稲荷神社
滋賀県大津市にある三井寺こと長等山園城寺。西国三十三所観音霊場の十四番札所としては、三井寺観音堂である。園城寺は天台寺門宗の総本山で、複数の寺が合わさって形作られた。中興の祖である円珍(智証大師)が、教待和尚という仏教以前の仙人に会いに行くと「あなたを待っていたんだ」と言って自ら姿を消したいう。縁起では、天武、天智、持統の三皇の浴井の閼伽井が聖地となった。三人の天皇をここの産湯で清めたと言われている。そこから御井の寺(三井寺)と呼ばれるようになった。長等神社の別当寺・正法寺の如意輪堂が三十三所観音霊場の十四番札所である。仁王門園城寺の標石釈迦堂金堂三井の晩鐘と鐘楼鉄鼠・・・・平安時代の三井寺の僧・頼豪の怨霊が鼠と化した妖怪閼伽井屋 霊泉が湧き出る井の覆屋閼伽井屋の正面上に左甚五郎作と伝わる龍の彫物霊鐘堂弁慶のひきずり鐘一切経蔵一段高く堀に囲まれた一郭が東院で、東を正面として一直線上に四脚門・潅頂堂・唐門・大師堂、長日護摩堂などが建ち並ぶ。三重塔唐院潅頂堂の奥に唐門と大師堂が見える。唐院潅頂堂長日護摩堂四脚門村雲橋三井寺別院の一つ微妙寺毘沙門堂十八明神社観音堂がある高台への参道観月舞台十四番札所の三井寺観音堂手水屋絵馬堂南院からの琵琶湖の眺め三井寺の別院の一つ水観寺護法善神堂
滋賀県大津市と京都府宇治市の境にある岩間山。その山頂付近に岩間寺こと岩間山正法寺があります。西国三十三所観音霊場の十二番札所でもあります。十一番札所の上醍醐からは山道を歩いて3時間ほどだろうか。十三番札所の石山寺からでも徒歩1時間40分ほどはかかる。石山駅からの直通バスも縁日のある17日のみにしか出ていないので、不便な場所である。縁起によれば、養老六年(722年)に泰澄が元正天皇の病気平癒祈願を行い成願せしめた。その褒美として建立した勅願寺院ということである。泰澄には雷を捕まえたという伝説もある。山の上のお堂は雷に撃たれることはよくある。泰澄の法力によって雷は捕らえられたが、許されて解放されると岩を爪で搔いて水を湧出させた。また、雷神はこの伽藍の守護神となることを約束したという。泰澄といえば、白山開山の有名人である。だが実際の開山した行者は名もなき修行者だったのではないのか。空海や行基など有名人を開山僧侶に持ってくるのは全国的にもよくあることだし、泰澄も託されたでは?駐車場から続く参道。境内地図展望台からの眺望阿吽の仁王像左 石山観音道三十六丁、右 立木観音道五十丁稲妻龍王社不動堂大師堂岩間寺本堂芭蕉の池夫婦桂護法龍王拝殿五社権現堂鐘楼とぼけ封じ観音
高知県高知市しなねに鎮座するのが土佐国一ノ宮の土佐神社です。創建は詳らかではないが、境内東北にある礫石と呼ばれる自然石を磐座として祭祀したものと考えられる、とのこと。延喜式では都佐坐神社と称され、式内大社に列せられた。祭神は味鉏高彦根神、一言主神。この神々は賀茂氏により大和葛城の里にて祀られてきた神であり、賀茂氏またはその同族が土佐国造に任ぜられたことなどにより、当地に祀られたものと伝えられる。明治になるまでは神仏習合の土佐高賀茂大明神として崇敬されてきた。社号表柱参道正面の鳥居社殿拝殿社殿左の鳥居本殿真ん中に西御前神社、左に事代主神社、右に大国主神社。神社の杜の「しなねの森」の案内標識事代主神社しなねの森の散策路本殿を背後から眺める境内北東にある礫(つぶて)石。当社の磐座か?神明宮輪抜祓所幣殿絵馬殿鼓楼厳島神社
一宮神社は、徳島県徳島市一宮町に鎮座する阿波国一ノ宮の天石戸別八倉比売神社の論社の一つである。祭神は大宜津比売命、八倉比売命。神山町にある 上一宮大粟神社の里宮と伝えられる。神仏判然令が出される以前は、神仏習合の一宮大明神として、四国八十八ケ所の札所でもあった。駐車場から見た太鼓橋鳥居と境内拝殿大日寺と道路を挟んだ側の社号表柱本殿右から社殿と神馬像左から社殿と神馬像
徳島県名西郡神山町にある大粟山に鎮座するのが、上一宮大粟神社(かみいちのみやおおあわじんじゃ)である。祭神は大宜津比売命。他に天石門別八倉比売命 。式内社で阿波国一ノ宮の天石門別八倉比売神社の論社の一つです。社伝によると、昔大宜津比売が伊勢丹生より渡りて国土を経営して、粟を蒔いたことによりこの山を大粟山と称するようになった。大粟神と崇め祀り社殿を造営したという。大鳥居鳥居神門参道石段拝殿朱塗りの本殿境内隅にある末社神宮寺の近くにある瑜伽大権現境内
徳島県徳島市国府町に鎮座するのが、天石門別八 倉比売神社(あまのいわとわけやくらひめじんじゃ)である。式内社・天石門八倉比売神社の論社の一つ。八倉比売神社は阿波一宮の候補とも言われている。祭神は大日靈女命。天照皇大神の別名とも言われる。鎮座する杉尾山を御神体としている神社。近くには古墳が多くあるそうで、古代の豪族の眠る地なのだろうか。参道木の鳥居と扁額石段狛犬狛犬社殿本殿本殿より奥にある祠磐座への道か?境内社の稲荷社社殿を横から見たところ
徳島県鳴門市大麻町に鎮座するのが、阿波国一ノ宮の大麻比古(おおあさひこ)神社です。祭神は大麻比古大神と猿田彦大神。社伝によると、神武天皇の御代に天太玉命(大麻比古大神)の子孫である天富命が、勅命により肥沃の地を求めて全国各地を巡り、阿波国に至りて麻や楮を育て麻布・木綿を作り、殖産興業の礎を築き、当国の国利民福を進めた。太祖である天太玉命(大麻比古大神)を阿波国の守護神としてこの地に祀ったとある。お参りした日は大雨でした。ご神木の大楠。樹高22m、胸高周囲8.3mで樹齢約1000年と言われている。拝殿狛犬狛犬本殿境内社の豊受社本殿を背後から見たところ境内社の山神社境内社の中宮社境内境内末社の西宮神社