保険仲立人 [優良企業のためのリスクマネジメント] -2ページ目

高精度の地震予測地図作成

政府の地震調査研究推進本部の中にある地震調査委員会は、地震の揺れによる危険度を色分けした地震動予測地図の精度を、来年版から大幅に向上させることを決めた。従来の区画1000m四方から、250メートル四方の地域割りで行うことで、よりきめ細かな防災に役立つようだ。


国は、震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を地域ごとに算出して予測地図を作製、ホームページ上で公開している。地震波の伝わり方もより現実に近づけるため、2004年の新潟県中越地震や05年の福岡県西方沖地震などで得られたデータも加えて計算し直している。


地震予知と地震調査研究に関する組織だけでも3つあり、性格は違うとしているが、一般的にはその違いがわかりにくい。それと内閣府の中央防災会議との関連性ももう一つ理解できない。重複しているところが多くあるような気がする。一本化された体系にはならないものだろうか。


三つの組織の比較

組織名

地震調査委員会

地震防災対策強化地域判定会

地震予知連絡会

位置づけ

国として評価

東海地震の直前予知

情報と意見交換

設立年度

1995

1979

1969

機関

政府の公的機関

気象庁長官の私的諮問機関

国土地理院長の私的諮問機関

定数

12

6

30


地震防災対策特別措置法により設置

大規模地震対策特別措置法に関連

連絡研究会


ゼロからの風、ロケ地西宮で上演

0(ゼロ)からの風は、昨年3月に早稲田大学を卒業した57歳の女性をモデルに描かれた映画だ。女性役を女優の田中好子さんが演じている。2000年の春、彼女の一人息子は早稲田大学に入学1週間後、自宅付近でパトカーに追われる無車検・無保険の車にはねられ友人もろとも即死した。



加害者は免許失効中で、泥酔状態しかも3度目の事故だった。悪質にもかかわらず、業務上過失致死傷罪、刑期は当時で最高の5年だった。一人息子を亡くした喪失感、絶望、怒りの中から立ち上がり、 同じ思いの仲間達と共に2年間街頭に立ち、約37万人の署名を集め、刑法改正に動いた。努力が実を結び翌々年、国会審議を経て、一般市民による初めての法改正となった。危険運転致死傷罪(最高刑期20年、併合加重の場合は最高30)が新設された。


親子の絆、母性愛の深遠さを作品のテーマに据え、世界中の何処かで繰り返される悪質な飲酒運転の撲滅と その被害者家族の心の救済を目的に製作・上映される。


ロケ地の一つの西宮では、誘致活動が実り、一昨年秋に撮影が行われた。阪神西宮駅前や市立勤労会館などがロケ地にとなり、約30人の市民がエキストラとして協力した。


426日JR西宮駅南側のフレンテ西宮5階で上映される。悪質なドライバーを少しでも無くし.被害者を作り出さないためにも、運転者のモラル向上と安全運転をいろいろな形で呼びかけることが大切だろう。




ひこにゃん・さこにゃん・みつにゃん

彦根城築城400年祭で人気者になったひこにゃんの人気も根強いが、裏キャラクターとして誕生したしまさこにゃんといしだみつにゃんがじわじわと人気を広げている。


46日には、天下分け目の関ヶ原の戦いで敗れ、離ればなれになって死んだ豊臣方の石田三成と島左近の主従を、キャラクター劇で再会させようとするイベントが、石田光成の居城跡地の佐和山山頂で、開かれた。主従にちなんだキャラクター、みつにゃんと、さこにゃんが、見事408年ぶりに再会を果たした。


ひこね街の駅が主催し、若い女性を中心に約350人の戦国ファンたちが集まった。事前に情報を入手していれば、駆けつけて春の和佐山城址を楽しめたのに、残念である。ゆりの時期に和和山城に登り、下山後彦根を訪れ、ひこにゃんとさこにゃんとみつにゃんに会ってこよう。彦根は、過去の遺産と現代のキャラクラーをうまく生かし町の活性化を図っている。


一般的に歴史があまり得意でないといわれる若い女性の心をうまく掴んだことが成功のキーワードだろう。



大阪梅田ノゲームセンターで活躍するひこにゃん



燃料電池動力の有人飛行

米航空機最大手のボーイングは、燃料電池を動力とする有人飛行機の試験飛行に成功したと発表した。世界初で、マドリード近郊で行われた試験飛行では2人乗り小型プロペラ機で、燃料電池とリチウム電池の動力で高度約1000メートルまで上昇した後、燃料電池の動力だけで時速100キロで20分間飛行した。


燃料電池の将来性を危ぶむ声もあるが、車だけではなくついに飛行機まで広がっている。

車・電車・飛行機・船舶等あらゆる交通機関での実用化まで、厳しい関門派まだまだいくつもあるが、人類の技術の粋を集めて実現して欲しいものだ。リスクの専門家としては、こうした新技術の実験中の事故などにも対応すべく、研究しておくことも必要だろう。


週末には桜が満開で、天気にも恵まれたため、公園や遊歩道で花を楽しむ人で賑わっていた。桜だけでなく、道路わきや庭に色とりどりの花が咲き乱れるこの時期は、自然と心穏やかな気持ちにさせてくれる。先週逝った友人も桜の花の満開を待ちわびていた。





安全安心社会研究センター開設

安全・安心を脅かす事例が近年多発していることから、長岡技術科学大学は今年度、第三者の専門家の立場で事故原因の分析、提言などを行う組織「安全安心社会研究センター」を開設した。安全・安心に関する「社会への情報発信」を主目的に、全学的な組織を設けるのは全国初の試み。政府にもアピールし、重要な位置を占めるセンターにしたいようだ。


システム安全系の教員を軸に計19人でスタート。社会人を対象に2年前、全国で初めて開設した専門職大学院システム安全専攻の修了生のネットワークも活用し、〈1〉事故に関する調査分析〈2〉安全・安心社会の構築に向けた調査研究・啓蒙事業――などを幅広く行う。日本では事故が起きると作業員の管理責任を問う傾向が強いが、技術面から徹底的に問題点を整理し、本当の安全を探る。


各地に第三者的な立場のこうしたセンターが立ち上がって行くことが望ましい。

地方活性化のゆくえ

331日午後友人の訃報を聞き、急に松江に行かなければならなくなり、取るものも取りあえず、飛行機の切符を手配し、出雲空港経由でJR松江駅に到着した。

伊丹空港から出雲空港へは50分で、飛行機のありがたさを感じたが、午後6時前、松江駅で帰りのことを考えて夜行バス、あるいは宿泊に備えて観光案内所を探したが、案内所は6時前には閉まっていた。仕方なく、バスの連絡先に電話しても6時で終了しましたとのメッセージ。仕方なくバスの本社の電話番号を調べて当日の夜行バスの予約をしたいと聞いたら、予約は前日までに終了しており、当日の場合バスの乗り場で係員と直接交渉してくれとの返事。何度かバス乗り場に行って係員を探したが姿は見えないし、事務所もない。あまり待つわけにも行かないので夜行を諦め、翌日の飛行機を予約し、宿泊先を手配してやっと一安心。


7時の通夜の時間が迫ってきたので、駅の南側からタクシーに乗って行き先の住所を告げたがわからないとおっしゃる。目印はあるかと問われても住所以外はこちらもわからない。運転手さんは車を止めて、無線で連絡を取りやっと場所を確認して到着した。そんなに広い町とも思えないのに土地感もなく、ナビも地図もない。外部の人をあまり乗せることがないのだろう。


昨年の秋、紅葉の京都で東福寺からタクシーに乗ったが、運転手さんはあの広い京都市内の隅々の路地を知っており、渋滞を避けながら面白い話をしながら目的地近くまで運んでくれた。しかも目的地周辺が込んでいることを知っており、手前から歩いたほうがいいですよとアドバイスしてくれた。確かに手前で降りたお陰で、周りの店をのぞきながら楽しくスムーズに目的地に着くことができた。


観光客や外部の人を優しく親切に受け入れる町は、生き生きしているような気がする。また行きたいという気持ちにさせる。島根も世界遺産石見銀山始め、たくさんの観光資源を有しているだけに、もっと地域が一体化して観光客や外部の人間を受け入れるホスピタリティを充実させる必要があるような気がする。



廃線、ますます過疎化

今日限りで廃止される鉄道が2つある。三木鉄道と島原鉄道南線だ。三木鉄道は1916(大正5)年に「播州鉄道」として開業、旧国鉄に引き継がれた後、85年に三木市や兵庫県などが出資する三セクとして営業を始めた。沿線住民の減少などで利用客が減り続け、同市の財政再建の一環で廃止が決まった。


島原鉄道の島原外港以南の35・3キロが廃止される。水害や噴火災害など数々の苦難を乗り越え、島原半島の観光や産業、生活を支えてきたが、少子化などによる利用客減で収支が悪化。会社設立100年となる5月を前に、口之津鉄道時代から続いた「南線」の歴史に終止符が打たれる。


全国各地の地方では、少子高齢化、人口減少が進み、鉄道だけでなく、バス、フェリーなど公共交通の大半は慢性的な赤字が続いている。特に鉄道が廃止された後の落ち込みは藻を覆いたくなるケースが多い。文明開化の掛け声と共に全国に広がった鉄道網も時代の変遷と共に.また一つまた一つと消えていっている。現代は車社会で、鉄道やバス等の公共交通機関がなくても.道路さえあれば充分だという意見もあるだろうが、地方活性化対策、温暖化対策等大きな視点に立てば、全国津々浦々に張り巡らされた公共交通機関は必要といえる。


若い陶芸家達に感謝




昨日はそごう広島の展示会で共同出展している若い陶芸作家達とお客様の途切れた時間にいろいろ話を聞かせて貰っていろいろ勉強させられた。客観的に見れば経済的には決して恵まれた環境にあるとは思えないが、自分のポリシーをしっかり持って、いや持とうとして真剣勝負で自分の作品に取り組んでいる。まさに感動ものである。




彼等すべてが博多から新幹線ではなく、一番安い夜行バスや急行バスで広島入りしている。3200円である。宿泊先も3000円から4000までの安宿である。もちろん我家外さんも青春18キップで広島入りしている。その1人で今回は出展していない作家でわざわざ応援に駆けつけてくれた将来有望な作家からもらったハーゲンダッツ小豆ミルクの味は値千金で、今までのアイスクリームの中で最高の味であった。至福の時とはこういう時のことを言うのだろう。最上級の神戸ビーフよりも、和田金の松坂牛よりも、最上級のパティシエの作った小山ロールよりも、今まで食べたすべての食べ物の中で最上のものであった。本当にありがとう。おまけに明日からの元気までももらってしまった。





その作家にも勝るとも劣らないのが仕事の我パートナーのI女史である。彼女に毎日教えられ、そのおかげで前進する力を与えられている。そのおかげで保険仲立人が日本に普及するまで頑張ることが出来るだろう。厳しいが楽しい。






広島でビール造り70周年




キリンビール広島統括支社は27日、広島でビールづくり70年を記念し、広島県府中町の醸造所「キリン広島ブルワリー」で式典を開いた。同社は昭和13年、当時「東洋最大級」といわれたビール工場を同町に建設。工場は平成10年に閉鎖されたが、ブルワリーを新設し、主に地元向けにビールづくりを続けてきた。


生まれて育った町府中町に、キリンビール広島工場とマツダの本社があったお陰で、中学校は途中から日本一と言われる新校舎で学ぶことが出来た。大学の夏休み、キリンビールで配管のアルバイトをさせてもらい、配管の職人さん達が仕事終了時にやかんに汲んできた出来たてビールの味が今でも忘れられない。広島工場が閉鎖された時は少し寂しいと感じていたが、尼崎工場も同様で、時代とともにスクラップアンドビルドされることは仕方ないことだ。


昨晩から、家外さんのそごう広島店での展示会の応援(邪魔)のため、広島入りしている。広島の中心に立地しているだけに集客は申し分ない。出来るだけ多くの人たちに鑑賞してもらい、一定の評価を得たいものだ。鍋島・伊万里の伝統と新しい創造を作者とともに鑑賞者が一緒に育てていって欲しい。作家本人の弛まぬ努力は当然のことだが、用の美を深めていくのは鑑賞者や利用者の一片の気持ちである。その気持ちが作者に伝わり、一筆ごとに線が生きてくる。技が冴えてくる。


31日まで、鍋島・有田・伊万里、磁器の美の競演、そごう広島店8階美術画廊まで足を運んでください。一見の価値はあります。










地産地消から地産都消へ

JA雲南(島根県)では、県内16か所で直売所を展開しているが、人口の少ない県内では販売量に限界があるとして、地産都商の発想で尼崎市のスーパーで月2回、野菜などを直接販売する「しまね産直市」が、年間約5000万円を売り上げ人気を呼んでいる。


鮮度と安さと安全性と販売するJA職員の親切な応対が好評で、名物企画として高く評価されている。関西地方で産直市を増やす方針を打ち出している。

 

島根から運んだ少量多品種の、白菜、ネギ、ジャガイモなどの野菜やイチゴ、柿などの果物、山菜類などが並べられており、次々に売れていく。販売する農産物は、雲南、飯南、奥出雲の1市2町で農業を営む約600人が十数トンを出荷する。開催前日にトラックが集荷場を回って集め、JA雲南の職員数人が当日朝、スーパーに到着した野菜などを並べる。

 今では生産農家の生きがいと喜びになっている。徳島の彩りの町と同様工夫と努力次第で過疎地も活性化する。「いかに欲しい人に商品やサービスを合理的に提供するか」ということがマーケティングに基本だが、自社に応用するとこれがなかなか難しい。そのため日々工夫を重ねることになる。




松江城