ある事象に対する受け止め方は十人十色である。これは、ある男が見た一つの世界、一つの真実の物語である。
コロナが蔓延する1年前。今から6年前。2019年4月1日に、私は出先事業所の消費者生活センターから本庁に戻ってきた。私は、なかなか係長試験に合格できず、スタッフの担当係長職に就いたのは、56歳のことであった。本庁の産業経済・消費生活課の係内主査から昇進して、ようやく出先事業所であったが、スタッフ職の係長になれたのである。2017年4月1日のことであった。出先事業所は、本庁と比べ、静かな職場生活を送れるような場所であった。私は、ここで60歳定年を迎え、その後5年間消費者生活センターで再任用職員として過ごしていくものだと信じていた。そして、再任用の最終の任期切れの2026年3月31日までは、公務員として生きていくのだろうと感じていた。
出先事業所の消費者相談担当係長として3年目を迎える前の2019年3月中頃、定期人事異動の内示があった。出先での生活は2年で終わることとなった。古巣である会計課の課庶務の係長として、異動することになった。私が本庁に戻ることを知った、この年に定年を迎える大学の先輩から、「おめでとう」と言われた。何でも、会計課審査係長は、課庶務の係長であり、会計課は一部一課なので、部庶務の係長と兼務であること。部庶務の係長は、課長補佐職が通例なるものであるから、一般の係長職である私がそのポストに就くのは、出世であるとのこと。係長職でも幅があり、係内主査は一般職員と同じ仕事をしているので、一番低い。スタッフ職の係長からが本来の係長であり、その上がラインの係長。ラインの係長でも、事業担当の係長より庶務担当の係長の方が上で、庶務担当の係長の中でも、部庶務に位置づけられれるのは、200人以上いる係長職の中でも、10数人とのこと。だから、定年の2年前にそこまでたどり着けたのは、出世であること。そういう説明であった。
4月1日は、桜の花が満開であった、翌日、強風により、あっという間に葉桜となってしまった。何か、私の将来を予感させるような出来事であったと、後から思い返す。
追い出し部屋は、企業と異なり、役所においては明確には存在しない。仕事をさせないで、自主退職に追い込むような部署を役所が設けるわけがない。しかし、自主的に退職に追い込まれるような部署は、散在している。先輩職員が「出世したね。」と言われたポストが、最終的には追い出し部屋の機能を発動させることになるとは、当時、予想もできないことであった。
むしろ、現役生活最後の職場になるだろう古巣の会計課において、課題である「財務更改」のプロジェクトを成功させて、本来業務の分野での働きにより職員表彰を受けたいという願望が広がるのであった。