ある事象に対する受け止め方は十人十色である。これは、ある男が見た一つの世界、一つの真実の物語である。
2024年12月。冬のボーナス。査定はC(普通)であった。これで丸8年C査定だ。査定は5段階ある。上からA、B、C、D、Eで、AとBを合わせて全体の3割。7割はC査定である。DやEは制度としてはあるが、実際にはほぼ100%あり得ない。この割り振りは、例年変わらず、8年もC査定は極めて稀であり、通常は3ないし4年に1度は、AまたはB査定となる仕組みである。仕事の内容として、地味な仕事は、C査定になりがちであるが、常にC査定ではその職員のモチベーションが下がってしまう。職員を組織の人財と捉えれば、常にC査定はない。8年もあれば、2回はAまたはB査定である。ボーナスは年に2回であるから、その回数はもっと多くてよいはずである。8年C査定は、16回連続C査定である。私はその組織において、人財ではなく塵材とされ、完全に干されているのである。なぜ、干されたのであろうか。
隣の係長は、過去8年の内、最低3回はB査定以上であろう。それが、職員を腐らせず、モチベーション、組織への愛着心(エンゲージメント)が維持させる手段だからだ。M区役所において、私は不要の存在である。早く辞めよ。そう、来年3月に辞めるのだ。
今年、4月に係長から係員に自主的に降格した。財務更改チームの財務チームのまとめ役として2年間頑張ってきた。しかし、評価されなかった。私がいたからこそ、今年4月の財務更改に間に合ったのだぞ。どこを見ているのか。そう叫びたい。
来年も希望すれば、1年短時間勤務で務められる。推定年収は240万円。そしてその任期が切れると、職業安定所に行き、申告すれば、雇用保険から30万円の一時払いが得られる。人は金のために働くのか。仕事ぶりを評価されず、使われるだけ使われ、評価は人並みではやってられない。人間の尊厳の問題だ。私は、再任用であるから、正規職員の給与の6割支給。しかも、係員に降りた4月以降の事務分担は、正規職員の1.5倍の業務を担っている。それなのに、人並みとは何だ。人を小馬鹿にするのもいい加減にしろ。私は、もう来年3月に辞めるのだ。隣の係の係長は、業務を1年半以上も停滞させていたのに、そいつと同じC査定とは何なのだ。仕事をしてもしなくてもC査定。ではB以上の評価を受けているのはどんな人たちだ。当然、区長や副区長の周りにいる取り巻き連中だろう。
私の属する会計課は、M区役所内ではどうでもよい組織とされているのであろう。会計は、どうでも良い業務なのだろうか。
なぜ、私は干されたのであろう。係長時代は、課長補佐の人が担当するポジションにいたのに評価は人並み。コロナ蔓延期においても、課の全体業務が滞らないように頑張ってきた。それも人並みか。コロナ蔓延期において、部庶務の係長は、私以外はみなB査定以上だったのに。会計業務をM区役所は軽視し過ぎている。
M区役所、これすなわち目黒区役所なり。
第2回目以降は、いかに干されていったかを克明に描いていく。ただし、未だ区職員のため、赤裸々に書くのは躊躇する。したがって、来年4月1日以降に記載する。
第1回目は、予告編のようなものである。2回目以降、乞うご期待。