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A氏のあーかいぶのブログ

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 ある事象に対する受け止め方は十人十色である。これは、ある男が見た一つの世界、一つの真実の物語である。

 

 「古風な調べ」とは、ある出納係長のことである。この人物は、私が審査係長として赴任したときに、出納ファーストの行使が無ければ、私の部下になっていた、当時、この人物は主任職であったから。ところが、人事課案で出納係に充てられていた別の異動職員が、出納経験者にも関わらず、協調性がないのでチームワーク優先の出納係向けではないと判別され、チェンジされたのだ。私の部下になった職員は、仕事の覚えが早いので、その点では優秀な面があった。しかし、「意地悪な傍観者」として見られたのであろう。

 「古風な調べ」は、出納係1年目で係長試験に合格し、翌年主査になった。出納係は、職員5人中3人が係長級で占められることになる。その次の年に酷い目にあった。職員の間では、ラインの係長職には向かないという評判の人物が係内主査から出納係長に内部昇任したためだ。この時の会計管理者は、存在感がない人物で、1年で異動した者であった。内部昇任した新出納係長が、「私は主査のままで良い。」と望んでいたのに、ラインの係長に推薦したのだ。残り1年で定年退職だから、「気楽な係内主査で良い。」と本人は望んだ。しかし、親族が管理職となっているので、あなたもラインの係長にしてあげようということだった。「出納係は、一線級の優秀な職員ばかりであるから、係員が助けてくれるよ。係員は係長を補佐するものだから。だからA審査係長も係長職を全うできているのだから。」こんなことを伝えていることを聞いてしまった。

 しかし、優秀な係員揃いの出納係員も十分な補佐ができなかったのであろう。12月からメンタルに支障をきたし、病欠。最後の1箇月は、年休消化して定年退職した。古風な調べは、出納係のナンバー2だったので、自分が担当している仕事のほか、出納係長の職務もこなさなければならなかった。「メンタルで病欠になるようなものを、あと1年だからといって、昇進させるのではないよ。」と怒っていた。

 古風な調べの机の上は、盾のごとく書類が山積みとなっていた。また、事務机の横や背後にも、書類が山積みとなっていた(これが、「古風な調べ」の真意。今時、珍しい。)。そういう中でも、一部の書類は整理されていた。毎月、残業時間が課の他の職員の追随を許さないほど多く、人事課から説明資料の提出を求められることがしばしばであった。また、時間外手当の割り当てられていた予算がなくなり、数ヶ月連続で、目黒区全体の予備費から充当してもらっていた。エンゲージメントの点でいえば、組織への愛着心抜群であり、上司である事なかれ主義の会計管理者からの覚えも良かったようである。

 一方、私の机は、きれいであるし、その日の仕事は可能な限り、明日に延ばさないようにしていた。書類を床の上に積み上げるようなことも無かった。一見して、古風な調べの方が私よりも仕事をしているように見られるのであった。この点で、勤務評価は、相対的に私より上であり、一人勝ちであった。

 係員に仕事を振ればよいのにと進言したこともあるが、係員は家庭の事情とか、健康上の事情とかいろいろあるので、任せないのだということだった。特に、急な調査物が多く、それは、自分でしかできないというような趣旨のことを語っていた。

 急な調査物とは何か。関係する行政機関からの調査はそれほどない。そうなると、例えば、院生や学部生の論文に関してのアンケートが異常に多いということか。M区の出納事務が特筆すべき点があるのか、良くない型として位置づけられているのか不明であるが、調査内容に関して、勘違いをしている部分があれば、アンケートの回答とは別に説明文を付けて返送すべきであろう。地方公共団体の会計事務を研究対象とする人がいることは良いことであるし、実務家とは違う見地で、今後の会計事務のあり方について提言してもらうことは良いことである。この際、研究者が基礎的な部分で思い違いをしていれば、修正してもらう必要がある。説明文を添付して返送するのも大変なことであったであろう。そのための資料を山積みにしていたのか。素晴らしいことだと感じていたが。

 次回は、「スカッと、さわやかパワハーラ」だ。M区役所のハラスメントに対する柔軟な対応について述べていく。審査係長を自主的に降格することになった事件に関わることである。