いい年をしていても、母親のことを思うと、なぜかありがたさばかりが浮かんできます。私は子どもの頃、学校が終わって家に帰るたびに母親の顔を見るなり「何かないの?」と言っていたそうです。そう言うと何かおいしいものが出てききていたなあと、その時の喜びを今でも覚えています。

 

 私たち男は、自分の奥さんに対して「日身(カミ)」に「さん」をつけて「日身(カミ)さん」と言います。これを丁寧に言って、「お」をつけて「お日身(カミ)さん」と呼んだりします。

何でしょう、この「日身(カミ)」という意味は。

「カ」は古い言葉では「カカ」といいます。さらに古い言葉では「カアカア」といいました。もっと古い言葉では「カッカッ」といいます。つまり「カ」は、「カカ」であり、「カアカア」であり、「カッカッ」ということです。

 

 これらは、一体何を意味していたのでしょうか。

「カッカッ」というのは、太陽のことを指していたと言います。

 つまり私たちを活かしてくれる太陽のエネルギーを表しているのが、「カ」なのです。だから、「カ」を「日」という感じを当てているのは納得されるところです。

 「日身(カミ)」というのは、太陽の身体を意味します。

 だから、お母さんは、いつも明るく、温かく、朝、昼、晩と三度三度の食事を作ってくださり、私たちの命を育んでくださいます。

 私をこの世に産んで下さり、育ててくださいました。

 太陽は、365日、一日も欠かさず光のエネルギーを届けてくださり、地球上の生きとし生けるものを育んでくれます。

 お母さんは、まさしく我が家の太陽として、食事を作り、洗濯をし、掃除をし、買い出しをし、子どもを育て、お父さんの世話をし、それも無償でこれだけの重労働をしてくれています。

 まさしく、我が家の太陽です。

 昔から「お日身(カミ)さん」と呼んで、誰もが尊敬していたのです。

昔の子供は母親のことを「カカさま」と言っていました。

この「カカ」の「カ」が残って、「おカあさん」と呼ぶようになったのです。

 母親を敬愛する教育を怠っている今日、思いやりや他を慈しむ温かさを忘れた日本人が増えているような気がします。自分の生まれた大本を忘れた人間は幸せにはなれないと思います。お母さんという太陽を敬いましょう。

 私たちは身体が元気なうちは、あたかも永遠に生きるような錯覚を抱きます。

 今日のような日々が永遠に続くことは、ありません。人は必ず老い、死に一歩一歩近づいているのです。今、この瞬間でも、一分前よりも、確実に一分死に近づいていると言えます。

 人の死の話を聞いても、自分はまだ当分死ぬことはない、と無意識に思っています。あたかも時間は無限にあるかのように錯覚しています。しかし、今、表に出たら車に轢かれるかもしれない。あるいは、一分後に、突然、脳溢血で倒れるかもしれない。人生、何が起こるかわかりません。平均寿命まで生きる保証などは無いのです。

 

「自分は当分死なないだろう」と思って生きるより、「今日が人生最後の日かもしれない」と思った方が、人生は断然充実してくるのです。

 ただ家族と食事をする、近所を散歩する、好きな本を読む、家族と買い物に行く、評判のラーメンを食べる、コーヒーを飲む、好きなお菓子を食べる、知り合いとテニスをする、ゴルフに行く、風呂に入る、花見をする、電車に乗って外の風景を眺める、どれもたいしたことではありません。しかし、これが人生最後だと思ったら、それが一大イベントに変わるのです。

 今日が最後だと思ったら、家族にも、友達にも、同僚にも、仕事で知り合った人にでも、特別な感慨を持つのではないでしょうか。

 ただ、頭の中で「今日は、人生最後の日」と思うだけで、当たり前の風景が、まったく違ったものとして立ち上がってくるのです。

 そして、そのうち本当に人生最後の日がやってきますが、その時には、少しも思い残すことなく、旅立つことができるのではないでしょうか。

 以前、物理学者の保江邦夫先生からうかがった、人生最後の日の心構えを思い出しました。そのとき、「自分の人生は悔やむことばかりだ」と思うことも、「私の人生は、家族のおかげて素晴らしい人生だった」と思うことも、どちらもダメだとおっしゃっていました。

 では、人生最後の瞬間はどうするか。

 子供が友達と外が暗くなるまで遊んでいました。すると遠くから、お母さんが「ごはんですよ」と声がかかり、みんなにバイバイして、家の玄関を開けます。そして「ただいま」と家に入ります。私たちの魂は、宇宙の大元に帰るときに、同じように「ただいま!」と声をかけることで、地球の輪廻の輪から抜けて、宇宙の大元に帰れるのです。最後の瞬間にそれができるように、今晩から寝床で眠りにつく前に「ただいま!」と練習すると、最後の時にそれができるようになるそうです。

 iPS細胞の研究で知られる山中伸弥さんは、子どもの頃は病弱で、がりがりの体型だったそうです。そんな息子を不憫に思ったお父様に言われて、中学生の頃から柔道を習いました。

 野球やサッカーはしょっちゅう試合がありますが、柔道は試合が少なく、ひたすら苦しい練習をする毎日です。1年365日のうち、360日は練習で、残りの5日が試合です。試合に勝ち進むことができれば5日ですが、敗退すればそれから半年間は苦しい練習の日々が待っています。

 しかし、中学高校での、つらく苦しい柔道の経験は、後年の研究者としての日々に活かされているそうです。

 

 研究の日々は、柔道の日々どころではありません。毎日毎日、実に単調な日々が続き、歓喜の時は、数年に一度もありません。下手をすれば、何年も研究を続けても、成果が上がらないということもあるそうです。未来に保障のない日々を耐えられたのは、柔道で鍛えられた心身があったからこそと言われています。

 

 山中さんは、高校二年生の頃には二段の黒帯になりましたが、しょっちゅう捻挫や骨折をしていたそうです。そんな折、教育実習で来校した、柔道三段の大学生に稽古をつけてもらうことになりました。相手の強さが勝っていることはわかっていましたが、負けるのが悔しくて、投げられたときに受け身を取らないでいたため腕を骨折してしまいました。

 

 骨折させてしまったことを心苦しく思った大学生は、山中さんのお宅にお詫びの電話を入れたそうです。すると、電話を取られたお母様は「悪いのはうちの息子です。ちゃんと受け身をしなかったから骨折したに違いありません。気にしないでください」ときっぱりと言い切り、傍らでそれを聞いていた山中さんは、我が親ながら立派だと感心されたそうです。

 それ以来、何か悪いことが起こったときは「身から出たサビ」、反対にいいことがあったら「おかげさま」と考えるようになったそうです。

 私も山中さんの考えにあやかりたいと思いました。