ごまめの歯ぎしり | ARKのあんなこと、こんなこと

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「我以外みな師なり」を胸に、街に溢れる教えに感謝の備忘録

 

欺瞞とは、人の目をごまかし、だますこと。

 

今日は、それを少しと思ったので、昔、訪問先でうっかり騙されそうになった写真を無断再掲した。

 

 

昨晩は歌舞伎。

 

昨年10月のベトナムで、必要に迫られて現地の市場で買い求めた1000円ちょっとのショルダーが重宝している。

 

 

幕間に、持参した本を広げながら思った。

 

そういえば、先月の函館の旅では、何がみやげになったのか?

 

 

旅に出ると、現地で必要になった下着などを買い、それが、自分のみやげになる。

 

函館は二泊だったので下着を持参した。

ホテルの売店には名入りのタオルも無かったので買っていない。

 

函館では記念のみやげになるものが何も無かったのか。

 

いや、ありました。

 

携帯灰皿である。

 

 

トラピスト寺院の前にある公園の売店で100円のポケット灰皿を買った。

 

休憩所を備えた売店には、喫煙場所がなかったので、その携帯灰皿を持って雪の積もる外に出た。

 

 

中国人観光客の大型バスが何台も止まっている。

 

雪の木立の下でタバコを吸うボクを見て、二人の中国人がやってきた。

 

タバコを取り出すが、何処かしら遠慮気味に見えたので声を掛けた。

 

これ使ってと携帯灰皿を指し、それを渡して、暖房の利いた休憩室に戻った。

 

 

暫くすると、やったつもりの灰皿を返しに来た。

 

互いに言葉は通じない。

 

だが

ありがとうございました。

どういたしまして。

 

パントマイムだが、態度表情からそんな心の交流をもてた気がした。

 

かくして

この灰皿が、ボクの函館みやげになった。

 

 

さて

よく言う。

 

うまい話には裏がある。

ただほど高いものはない。

 

ビジネス原則としても言われる。

ただのランチはない(There’s no such thing as just a lunch.)

 

 

クリント・イーストウッドが、日米の闘いを日米双方の視点から同時進行で2本の映画、「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」を撮った。

 

その撮影過程で、戦闘にかかわった人たちを精力的に取材した。

 

映画完成後に、彼は、こんな言葉を述べた。

 

・確固としたものがない人間というのは、極端な偏見を持ちやすいという事実は興味深い。

 

・過激主義に走るのは簡単だ。

自分の立場を主張する、ただそれだけで、たいして考えないでいい。

 

 

こんなことも。

 

・祖国のために戦った若者たちは、戦友のために死んだ。

これが表のメッセージである。

しかし、

言葉になっていないもう一つのメッセージを探すとすれば、次のようなものであるかもしれない。

戦争を美しく語る者を信用するな。

彼らは決まって戦場にいなかった者なのだから。

 

 

講釈師、見てきたようなウソを言い。

 

ずいぶんと前になるが「硫黄島からの手紙」を観に映画館へ。

 

その時、映画のパンフレットも買った。

 

その中にも、イースト・ウッドの述懐がある。

 

・知りもしない奴らに限って勝手なことを言う。

前線で死と隣り合わせになって戦った兵士たちは、いくら勲章を受けても戦場のことになると、口をつぐんでしまう。

 

さらに言う。

 

・遠方で操作している輩に限って、見てきたような戦話をするのが好きだ。

 

 

 

「無名人語録」にもある。

 

・世間を知らないヤツに限って、妙に自信があるんだよな。

 

彼はこんなことも言っていた。

 

・私が観て育ったほとんどの戦争映画では、どちらかが正義で、どちらかが悪だった。

人生とはそんなものではないし、戦争もそんなものではない。

 

 

衆院選で自民が圧勝した。

 

俄か仕立ての中道は、これ以上ない惨敗を喫し、ボロクソに言われ、瓦解寸前だ。

 

定数465の内,自民は315議席と7割に近い議席を占めることになった。

 

党を選択する比例でみると、自民の得票率は約37%で、中道は、18%超。

 

議席の7割を獲得した自民だが、有権者の6割以上の人たちは自民党以外を選び、白紙委任しているわけではない。

 

 

これは、現行の選挙制度の結果で、これに文句を言うつもりはない。

 

この自民大勝は、ひとえに熱狂的ともいえる高市さん人気の賜物というのは事実だろう。

 

そこにボクは論理より情動の世界を見る。

 

 

前記事で触れた些末な例かもしれないが、

 

復興に回す税は認める。

しかし、

これを軍事に回すなど認めない。

 

こういう人が多いはずだとばかり思いこんでいた。

これを抵抗なく受け入れる人たちが自民大勝をもたらした。

 

 

くどいようだが、この空気が怖い。

 

先の大戦の敗因を検証、分析した名著「失敗の本質」では、その理由として七つを上げる。

 

その一つが、日本人のメンタリティー。

 

厳しい現実から目を背ける危険な空気や思考への集団感染である。

 

 

中国人が消えてサバサバ。

中国なにするものぞ、高市さんはよく言った。

軍事経済は国を潤す。

核も許容すべき。

金をいくらじゃぶじゃぶ刷っても問題なし。

外国人排斥などなど。

 

その予兆も、すでに散見される。

 

 

名も無い市井の慧眼を拾い集めた「無名人語録」が、ボクのバイブルのようになって久しい。

 

高市人気に水を差すようだが、彼女は同じことでも他と差異化して際立たせるパフォーマンスに長けていて、そこに欺瞞を感じることが多い。

 

「無名人語録」と高市さんの言葉との対比を試みた。

幾つもあって長くなるので、ひとつだけにする。

 

 

彼女は景気よくぶち上げる。

 

緊縮財政が日本をダメにした。

これと、オサラバし、積極財政で日本を取り戻す。

 

 

だが、しっかり見て欲しい。

日本は、安倍政権から比類ない積極財政を続け、今に至る。

 

存亡の危機すら言われたコロナ禍でのこれは、致し方ないところもある。

この終息後も10兆円を超す経済対策がすっかり定着してしまって、借金はかさむ一方だ。

 

これのどこが緊縮財政なのか?

 

これって彼女らしい欺瞞ではないか。

 

 

しかも、積極財政と放漫財政を一緒くたにしながら、積極財政の頭に「責任ある」を付ける。

 

その責任を「無名人語録」は、いみじくもいう。

 

ウソをつくのでも、だますのでも、

責任をもってやって欲しい。

 

 

「四海の内みな兄弟なり」と論語は教える。

 

言うなれば、人類みな兄弟。

 

敵視も差別も排斥もしない。

 

責任を言うなら、国のトップとしてこういう啓蒙にも「責任」を持ってほしい。

 

経済にただのランチはない。