後がない。
これを何処まで自分のものとして実感できるか?
人は危機にあってこそ思わぬ力と知恵を出す。
時間があれば、良い成績、良い仕事なんて保証は何処にもない。
金で解決できるものでもない。
試験勉強もそうだし、後家の踏ん張りなる例えもある。
必要は発明の母、あるいは、火事場の馬鹿力に似る。
余裕は、逆に人を怠惰にすることさえもある。
2010年(平成22年)。
公立高校の授業料が無償となり、私立校には、就学支援金の支給が決まり、2020年には、私立も実質的な無償化となった。
当時、駅前やコンビニ前でうんちんぐスタイルのヤンキー座りをし、屯する高校生を見るたびに、こんな連中に税金を使うことに矛盾を覚え、ヤフー時代のブログに書いたことがある。
大学にしても然り。
無償化にしろとか、返済不要の奨学金などと巷間は喧しい。
しかし、
大学無償化も、住民税非課税所帯とそれに準ずる所帯の子どもたちには2020年(令和2年)から年間70万円の「学費」が免除されている。
さらに、
返還不要の「生活費」として学生支援機構(JASSO)から年間91万円が支給されている。
これを見れば、完全ではなくとも大学無償化と言ってもいいのではないか。
さらに言えば
世界の主要国と比較して日本の大学授業料は、それほど高いわけでもない。
国立は、文科省によって標準額が定められ、年間の授業料は50万円ほど。
文系は4年制なので、在学中の授業料合計で200万円ほどになる。
6年制の医家系学部でも卒業までに要する学費は約350万円だ。
公立大学は、国立に準ずるが、当該地域在住者や高校出身者に対する特別便宜もさらにある。
では
私立大学はどうか?
もちろん、それぞれの大学によって異なるが、平均すると文系で年間学費は100万円超。
理系で600万円ほど。
医学系で、500万~600万円というところらしい。
では、
世界の主要大学はどうか?
ハーバード大学、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学などのアメリカ有名私立大学は、年間の学費は、いずれも800万円を超える。
公立のカリフォルニア大学(UCLA)でも1年間の学費は約450万円。
医系学部だと700万円ほどという。
イギリスの国立大学、ケンブリッジもオックスフォードも、年間学費は450~650万円くらい。
医系学部は、約1200万円。
国公立の医系学部で見ても、日本の年間学費は50万円、世界のそれは700~1200万円で、平均して日本の20倍くらいとなり、いかに高額かが分かる。
学生ローンや奨学金の返済問題もこうした高額な学費が背景にある。
が
日本では、格差や就学機会の均等や公平公正を錦の御旗に、本人の学習意欲は何処へやら、無条件な学費の無償化ばかりが言われるがこれは考えものではないか。
馬を水辺に連れて行けても 水を飲ますことはできない。
学生の数を増やしたからと言って、トコロテン式に押し出すだけでは、学力は担保されない。
無償化が悪いなどというつもりはない。
だが
量よりも質。
無償化には、それこそが優先されるべきではないのだろうか。
3年前、孫が、本命大学に力及ばず、K大の理工に席を置いた。
が
コロナ禍で、一度も通学することなく自主退学した。
理工系志望の孫に、それとなく言ってみた。
医師の道を選択肢の一つにできないか?
オマエの道はオマエ自身が決めるもので、決して強制しないし、できるものではないのは分かっている。
が
医業も世のため人のためになる。
国公立の医学部であれば、授業料なんて心配することはないし、地方大学なら親元を離れた生活がオマエを逞しくもするので一石二鳥にも三鳥にもなる。
この進言を聞いてくれたのかどうかは定かでない。
が
孫は、今、地方の国立大学の医学部にお世話になっている。
本人から聞いたことではなので不確かだが、医学部には、こんな不文律があるらしい。
気を抜けば先に進めない。
追試、補講の25%枠。
4人に一人は試験のたびに自動的にふるいにかけられ、再挑戦させるらしい。
で
学習到達度に達しなければ、夏休みも冬休みも返上の憂き目にあう。
それを聞いた時、こうでなくてはいけないと一人ほくそ笑んだことがある。
繰り返します。
私立大学の医学部の授業料は、入学金や教科書代などを別にして、6年間で安い大学で2000万円、高い大学だと5000万円近くかかるところもある。
これでは、かなりの資産家でもなければ難しい。
が
国公立なら、6年間で350万円ほど、年間にすれば60万円にも満たない額だし、世帯収入次第では無償になる。
要は、今の日本の学力低下は、無償化だけで解決できるものではない。
みんなで渡れば怖くない。
切磋琢磨や競争はダメ。
格差を無くせ。
こんな妄言が飛び交う内は日本の離陸も難しいだろう。
がんばる人もそうでない人も同等に扱うなら悪平等だ。
日本にもチャンスは、等しく公平にある。
人の能力に違いなんてない。
その力を生かすかどうか?
その気になってもらうにはどうするか?
無償化でヤンキー座りの高校生、大学生をいくら増やしたからといって日本の学力が上がるわけではないだろう。
賢い支出(wise spending)が問われている。
徒に、無償化、無償化を叫ぶ声を耳にするたびに、その目的をしっかり問うことがまず先だと思うこと頻りである。

















