話すどころか目も合わせられなかった片想いのひと | ARKのあんなこと、こんなこと

ARKのあんなこと、こんなこと

「我以外みな師なり」を胸に、街に溢れる教えに感謝の備忘録

 

お辞儀して 共によろける クラス会(シルバー川柳)

 

子ども叱るな 来た道だもの

年寄笑うな 行く道だもの

 

 

前の記事で、田舎の同級生から懇親会の誘いを受けたことに触れた。

 

都合の良い候補日を二日あげておいた。

 

その二日後には早くも日程が決まったとの報告を受けた。

 

〇〇さんも参加してくれるってよ。

 

お願いしておいた、片想いの初恋の人も来てくれる。

 

かくて

今月20日の週に田舎に行く。

 

 

今のところ12名だそうだ。

 

歳はとっても幼友達の顔をあれこれ思い浮かべ気持ちだけは童心に返っている。

 

 

さて

先日、ブタを散歩させている若い女性を見た。

 

豚をペットとする人がいることはTVなどで知ってはいたが、それはもっと小さく可愛い豚だった印象がある。

 

目にしたブタは、よく肥え、実に大きかった。

 

 

こんなの連れ歩けば人の目は引く。

 

が、

飼うには相当な苦労があるのではないかと思いながら、古いジョークを思い出していた。

 

 

ある男が侯爵夫人をブタ呼ばわりしたことで訴えられた。

 

裁判長は男に言い渡した。

 

オマエに罰金を科す。

二度と侯爵夫人のことをブタと呼んではならぬ。

 

 

男は神妙に言う。

 

わかりました裁判長様。

二度と侯爵夫人のことをブタなどとは言いません。

ですが、

一つお尋ねして良いですか。

 

なんだね?

 

伯爵夫人をブタと呼んではいけないことは分かりましたが、ブタを伯爵夫人と呼ぶのはどうでしょうか?

これもいけないのでしょうか?

 

 

ブタをどう呼ぼうが、それはオマエの勝手だ。

 

それを聞くや、男はブタを見る目で伯爵夫人に向かい、言った。

 

伯爵夫人、さようなら。

 

 

こんなのもある。

 

太った婦人がアヒルを連れて酒場に入ってきた。

 

それを見て男が言う。

ダメじゃないか、こんな所にブタなんか連れてきたら。

 

婦人は怒り心頭で言い返す。

 

何よ、この酔っ払い。

どうしてこれがブタに見えるのさ!

 

すかさず男は返す。

 

オレは、今、アヒルに話しかけたんだ。

 

 

それがどうあれ、天与の肉体上のことをあれこれ言うのは好ましいとは思わない。

 

男であれ女であれ、人それぞれで、太った人を好む人もいればやせた人を好む人もいる。

 

物の見方、感じ方、考え方も人それぞれだ。

 

 

オイ、熊五郎。

いい若えもんがゴロゴロと寝てばっかりいちゃあ、いけねえよ。

ちったぁ~働いたらどうだい。

 

ご隠居さん、働いたらどんないいことがあるんですかい?

 

そりゃ、おめえ、ゆっくり寝て暮らせるようになるじゃねえか。

 

なあんだ、それじゃぁ今とかわらねえや。

 

 

熊五郎の心境は、「世の中に 寝るほど楽はなかりけり 憂世の馬鹿は起きて働く」、という起きて半畳、寝て一畳の世界か。

 

たしかに、

足るを知る者は富む、と老子は言う。

 

これは、こう続く。

 

「・・強(つと)めて行なう者は志有り」。

 

= 満足することを知っている人間は豊かな人間で、努力を続ける人間はそれだけ志(目的)を成し遂げる。

 

 

だから

こう考える人もいる。

 

世の中は なんのへちまと思えども ぶらりとしては暮らされもせず 

 

人はさまざまですね。

 

 

借り物ばかりの手抜き記事。

 

最後も坂本龍馬の言葉を借りて終わります。

 

 

人生は一場の芝居だというが、芝居と違う点が大きくある。

芝居の役者の場合は、舞台は他人が作ってくれる。

だが

なまの人生は、自分で自分のガラに適う舞台をこつこつ作って、そのうえで芝居をするのだ。

他人が舞台を作ってくれやせぬ。

 

 

田舎の同級生と会うのは10年ぶりくらいになるのだろうか。

 

若さもそれぞれ。

生き様もそれぞれ。

 

老いてからの10年は長い。

見分けのつかなくなっている人もいるだろう。