パーキンソンとうまく付き合っていけるかな | arizona3のブログ

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若年パーキンソン病になってからすでに7年目になります、進行はしてるんですけどもちろん夜になると全く歩けなかったり目がw visionに見えちゃったり

アメリカ車社会ですから遠くに運転をしていかないければならないことがありしてみたところで実際はやっぱりちょっと無理でした危ないからもうやめようと近所だけにしようと思いました

私は買い物に行って帰る際に帰れなくなるんです薬が切れてしまってその場で30分ぐらいレスキューの薬を入れて待ちますそうしないと帰って来れません

それでもがんばってますそれと今年から体操しだしたのでやっぱり運動しないとどんどん動けなくなるって聞いたので皆さんも頑張ってください私もシニアの人たちと一緒にやってます
アメリカ人のシニアの人たちは本当に元気ですよーすべてバーチャルでやってますけど


最近お友達の家に招待されたので遊びに行きましたがやっぱり行きも帰りも迷ってしまってちょっと大変でした、初めて自分の車で3年ぶり位に運転してみました
その際に私はちょっと事情知ってなかったのでお友達の息子さんのお嫁さんがいたことを知りませんでした、私は主人がALS亡くなりましたが家族のために残しておいてくれるものがいくつかありました、主人はそれまで諸外国に行って働いてきたので病気になったのも実は他の国に行った時に化学空気で感染をしたのかまたはワクチンの注射でALSになる人が多いんです

私は毎月国からお金をもらってますそして年金のも未亡人としてまだその年齢に足してないんですけれども早めに受給が出来るようになっているんですけれどもほんの少しです子供の分で支払いもらってますけれども18歳を過ぎたら全てがカットされるんです

私は多分このまま1人になっても自分が食事とかしていくのには困らないと思うんだけれども子供は支えがなくなってしまうのでしっかりしてもらわないとと思いますただ家族がいない私にはいくらお金や家を支給されても寂しいです空虚です
狭い家でも家族全員で食事ができたり家族で悩んだり話し合ったりそんな事はもうなくなりました、、
日本にいる実家の方でいろいろな雑誌や本を送ってきてくれますでも私は全然読みません読めません、それもタイトルを聞いただけで読みたいと思わないような本でした、お受験とか自分の子供を1番にする方法とか全く私とは関係のない本でした、うちの子供は今、高校卒業できないかもしれなような落ちこぼれですいろんなことが重なって家族と言うものを見直さないといけないなと思ってるんです、16歳の時に父親をなくし私たち夫婦が障害を持っていたので子供が手伝っている感じだったんです、あれから2年経ち父親がなくなり私が一生懸命コントロールしようとしてるんですけどなかなかうまくいきません、こんな時にお父さんがいないと大変だなぁと思います、私も途中まで頑張れるんだけれどもPDと言う難関が夜になると私の自由が奪われます、

本も読もうと思ってじが小さすぎて見えません緑内障の手術も今年にやるか来年にするかと言われています、パーキンソンになって働けなくなった私にはお金の支給は本当にありがたいことですそれがないと多分ここにいられなかったと思います、
主人が公務員だったのでその恩給が受けれるんですけれども私たちが余計にもらってるとか思う方もいるかなと思うんですけどそれは私の知る限りではもっと上の方がそういう感じじゃないかなと思います、私たちはまだペーペーなので、
主人はほんと頑張ってきました人ができないような仕事何時間も何十時間もオーバーワークなんかなしにやってました直属はFBIですから難しい事は私も分かりませんけれどもほんとに真剣に働いたと私は今でもALSで亡くなった主人を誇りに思います、