人生という舞台で”自分” を 自由に放ちましょう! -14ページ目

人生という舞台で”自分” を 自由に放ちましょう!

〈タニーのブログ〉へ
ようこそ、お越しいただきました!


自分という枠を広げ、その枠さえ取っ払うには、1つに望むことを
思いっきり妄想することでした。

そして妄想するためには、普段からイメージ力を鍛える必要がある
と思いました。

それで最近やり始めたことがあります。

毎日、力を与えてくれる言葉をいくつか選んで、それと共に1時間
ほど黙想することです。


昨日は「理解」という言葉を選びました。

この言葉を何回かくり返し、自分に語りかけて来ることや連想され
ることに意識を向け続けました。


一体感で満たされ、気持ちが通い合っている様を味わっていました。

また理解力溢れる状態のイメージが浮かび、より充実した理解力が
呼び覚まされるような感覚でした。

終えてみて「理解」という言葉は一層親しみある言葉となりました。
この世にどうして不公平が存在するのかと以前は怒り悲しみ、
また疑問でもあったのですが、

そういう経験があったからこそ、公平さというものがわかる
気がするのです。



そしてその公平というものは、この宇宙の隅々にまで行き渡
っていること、

地球のいたるところに配されていることにどれだけ気づける
かどうかです。

それさえも公平に、どの人にどのタイミングで気づけるか決
まっているということ。


そういう意味で目の前のものや状況をありのまま受け取れば
いいだけかもしれません。



公平であることを受け入れるだけで、すべての人の成功は自
分の可能性として受け取ることが可能です。

出来て当たり前で、ただその成功を自分が選ぶのかどうか、
選択の問題に行き着きます。


成功者と同じかそれ以上に、その必要性を感じ渇望している
かどうかとも言えます。


成功への強烈な思いこそが可能性の公平さを打ち破る鍵にな
るように思います。
人生とは、節目節目でこれまでの準備を終了させて、

次の新天地に踏み込み、そこで勝負を挑むことでした。


先日の某打ち上げを終えて、

準備期間はこれで終わったと思いました。



これからは毎日が本番であり、

これまで培って来た自分自身を信じて、

目の前に広がる無限の可能性に夢を託すこと。



注意を怠らず真剣勝負で、新たな道を切り開き、

シンプルに軽やかにプロセスを十分楽しみ、

潔く突き進んでいくこと。


抽象的な表現になっていますが、

今の自分はそのような思いで取り組んでいるということです。
先日、配達に出かける時間を大幅に過ぎた頃に気づき、
すぐ準備して出かけました。

以前の私だと頭の中は、なぜ気づかなかったのかと自分
を責めたり、

遅れてしまって大変なことになってしまったとネガティ
ブなイメージが浮かんでは落ち込みっぱなしでした。


しかし先日の場合は、出来るだけ無駄なく作業すること
だけに集中し、焦ることなく回ることが出来ました。

その間、先方は笑顔で待ってもらっているから大丈夫と
いう肯定的なイメージを持ち続けました。

こうして何の問題もなく配達を終えることが出来たので
す。


この180度違う2つの状況は、どちらも自分が創りあげ
ていたのです。


この違いを生んだのは何か?1つには起こったことや自分
がやったことの一切を否定せず、

同時に先で待ち受けている場面を全てポジティブなことで
描き切ったことでした。


なぜ、そういうことが出来たのか?

小さな誤りやミス、失敗やそれを招いた自分をも包み込む
大きな自分をイメージ出来るようになったからです。
今度、妄想会なるものを立ち上げようと思います。


その動機を今回、紹介させてください。


1つは、何か新しい行動を起こし自分をもっと変える
キッカケにしたいからです。

2つ目は、妄想することの大切さを師匠から教わった
ものの、なかなか妄想出来ない現状を変えたいのです。

3つ目として、同じように困っている人の力になれる
のではという思いです。



この3番めに力が入ります。人が本来持っている輝き
にスポットを当てて、眩しいぐらいに輝いている様を
ぜひ妄想して欲しいのです。


これから妄想を支援する企画を行っていこうと企んで
いるところです。