佐倉城址公園 菖蒲まつり(その1・城址公園散策編) | Mrs.風来坊の足あと手帖

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更新が遅くなりました。6月11日(日)に行って来ました、佐倉城址公園の菖蒲まつりの様子です。
まずは、佐倉城址公園散策編を……。

星佐倉城について
江戸時代初期の慶長16年(1611年)~元和2年(1616年)に土井利勝によって築造された平山城。
江戸の東を守る要として有力譜代大名が城主となり、歴代大名の多くが老中などの幕府のよう職に就き、中でも幕末期の藩主堀田正睦は日本を開国に導いた老中として有名。
廃藩置県で廃城となり、その後明治維新後 陸軍歩兵第二連隊が置かれたために門などそのほとんどが取り壊されてしまったそうです。

星姥が池
昔乳母が若君を池のほとりで遊ばしていてところ、若君があやまって池に落ちてしまい溺れて亡くなってしまい、責任を感じた乳母も池に身を投げて亡くなってしまったと言う悲しい伝説の残る池だそうです。


睡蓮の花が綺麗でした。

ミシシッピーアカミミ亀が大量発生している感じです。
何か餌くれと言うオーラを発してました。(笑)

星空堀跡
城の防御のために掘られたもので、水のないものを空堀と言うそうです。ちなみに水のあるものは水堀と言うそうです。
土壁と共に空堀を巧みに配置して外敵からの守りを固めました。

星三逕亭(さんけいてい)
京都大徳寺の塔頭、孤蓬庵の茶室・忘筌(重要文化財)を模したものだそうで、昭和58年東京都港区にある乃木神社から移築されたそうです。
日曜日や祝日を中心にお茶席をもうけてます。一服400円。

星佐倉城の礎石
国立歴史博物館の研究棟を建設するために発掘調査したときに旧陸軍の営所跡を検出、兵舎跡の基礎に大量の石が詰めてあったそうですが、主柱の建つ位置には佐倉城の礎石が埋め込んであったそうです。



星兵営の便所跡
何の遺跡だろうと思ったら、トイレ跡でした。(汗)
土台のみ残っているそうですが、これは完璧にポッチャン式ですね。
江原新田では連隊と契約して下肥、馬糞の払い下げを受け汚物掃除を担当していたそうです。

星馬出し空壕
門前前に築いて人馬の出入りを敵に知られないように掘られたものだそうです。
長辺121m、短辺40mのコの字型、深さは5.6mの規模と分かったそうですが、復元では深さを3mとしているそうです。

星国立歴史博物館
この日は珍しく設備入れ換えの為お休みでした。

(その2・菖蒲まつりに続く)

ニコ更新は少しお待ち下さい。