船戸崇史先生著
「"死"が教えてくれた幸せの本質」(2022年)
著者の船戸先生は外科医としてのメスを捨て、開業医として在宅医療の道を選ばれました。
30年間の診療で関わった患者さんとのエピソードに、思わず涙が…。
この本の「あとがき」には、
患者さんの生き様から響いた命のメッセージがまとめられています。
その8項目を紹介させていただきます。
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① 生きざまは死にざま
人は生きてきたように死んで逝く。
死にざまだけを切り取っても意味がない。
生ききった末を「死」というにすぎない。
あるのは永遠の今だけであり、
それは今の自分が選択して決め、創造できることでもある。
② 自分の命は自分だけのものではない。
命とは生き方、大切にしたもの。
肉体はついえても自分の生き方は、
愛する者たちによって継承される。
命は愛する者の命となって受け継がれつながってゆく。
③ 自分しか担えない使命がある
自分の生きざまそのものが実は、
自分にしかできず担えない使命ではなかろうか。
この使命を生ききった末に形ができる。
どんな形であろうが、
今の自分の形は自分自身が願い続けた結果であり、
自分にしかできなかった証である。
④ にもかかわらず、覚悟を持つ
人生は全て選択の連続である。
100%の選択はなく、
一方を選ぶとは同時に他方を選ばないと言う選択でもある。
選択するとは、常に他方を捨てるという覚悟と
その結果を任せきる託身が必要である。
この託身ができないと後悔となる。
覚悟とは、捨てる決意である。
⑤ 人生最後の言葉がある
いろいろな生きざまがあるが、なぜか最後の言葉は限られる。
その言葉とは
「ごめんね」
「ありがとう」
「また逢おう」
「愛してるよ」
「さようなら」
の5つである。
これらの言葉は
「人生のすべての出来事」への双方向性の願いや感謝である。
たとえ失敗や挫折、恨みの多い人生であっても
この一言で全て許される。
見送る側も最後に言葉はある。
「後は任せて」
これを「引導」と言う
⑥ 人はただあるだけでも意味がある存在である
Kくん。先天性障害で大脳がない。
かろうじて呼吸ができたが意識は無い。
種々医療の甲斐なく1歳2ヶ月と20日で在宅で亡くなった。
ご両親は言った。
「愛とは、家族とは、生きるとは、命とは何かをKは教えてくれた」と。
⑦ 病気にも意味がある
苦痛を除くために医療は発展した。
しかし、
「苦痛」の代表である「病気」は回避できても根絶は困難で、
いわんや「死」は宿命であり、除く事は不可能である。
常に「死なせない医療」は敗北した。
しかし、無意味ではなかった。
病を通して、死を乗り越えて、人はより大きく成長した。
病は困苦であるはずなのに「感謝」すらされた。
病気にも意味があるからである。
⑧ 死は恩寵でもある
誰も死にたくはない。
しかし、死ぬことより「痛み」の方が辛い。
しばしば、「死」は厳しいがんによる痛みを終わらせてくれる。
そのご家族は「やっと本人が楽になった」と
ほっとされることがある。
遺された家族にとって大切な人の「死」は悲嘆の骨頂であるが、
同時に苦しみを取る最高の「恩寵」でもある。
「"死"が教えてくれた幸せの本質」より

