小池龍之介氏の著書 「"ありのまま” の自分に気づく」を読みました。
2年前、小池氏の講演会に、行ったことがあります。
小池氏の講演会は、若い女性が多くてびっくりしました。
若い人も、悩んでいらっしゃるということなのでしょうか。
この本は、内容が詰まっていて、難しいところもありますが、私が求めていた答えのヒントがあります。
深かったです。
1. 承認について
現代社会というのは常に緊張を強いる。
「自分! 自分!」 という自我感覚へと、心を凝縮させようとする。
「自分! 自分!」 が凝り固まっていて、その実体性を錯覚する度合いが強ければ強いほど、私たちはそれに翻弄される。
だから、その解毒のために「無常」「無我」「空」がヒントになる。
論理的に自分が褒められていると言えるのか、自分が承認されていると言えるのか、自分というのは、確かにあると言えるのか、ということを実証すべく思考する。
これを、時々、復習すると、効果が現れる。
2. 孤独について
「私は自然体」と意識するのは、すでに不自然である。
他者からの承認や自己実現による承認からの輸入にあまり頼らずともよくなるほどに、自分が自分のことにありのままに気づき、無条件に承認する。
それにより、精神の自給率を高めることができる。
自分が自分につながっていて、気づきの光が心を照らしているときは、自給率が安定する。
自分としっかり付き合っているなら、他者の顔色を気にしなくても良くなる。
しかし、それは困難なことでもあるので、ほどよく他者や自己実現から得られる承認に依存させてもらうことも必要。
しかし、その度合いを少なめにすることで、つながり合いながらも、なおかつ孤立していることが可能となる。
3、 渇愛について
{苦しみに気づく}・・・
自分のこの思考こそが、実は苦しみをもたらせているんだということを心に認識させる。
{苦しみの原因と向き合う}・・・
自分の感情に対して、暴力を振るわず、何も足さず、何も引かず、そのままを受け止める。
{その結果として、自然に苦しみが癒される}・・・
破壊的な感情が癒えて行く。
4、 ありのまま
無常、苦、無我に気づく。
仏道のゴールとは、有愛(よりよい自分になりたい)が、完全に癒えることで、もはや何者としても生まれず、輪廻のグルグルから脱出すること。
智慧+慈悲=ありのまま
中立的な態度へと戻り、全てを感情抜きに、ありのままに受け止める。
他人に対してのみならず、自分に対してすら「こうなれ」「ああなれ」と肩に力を入れて口出しするのは逆効果なんだという、無常・苦・無我の「諦め」を保って、ただ中立的に見つめる念(きづき)に徹する。
片手には智慧を持ち、もう片手には慈悲を持ち、中道を歩いてまいりましょう。
私たちはしょっちゅう、智慧を落っことしもいたしますし、慈悲を落っことしもいたしますけれど、そのつど拾い直して、たどたどしくも、ありのままの自分でいられますように。
