~「本当の願い」ふわっと叶うあなたになる~ 神秘覚醒セラピスト&守護龍コーチ 國島 由規子 -33ページ目

~「本当の願い」ふわっと叶うあなたになる~ 神秘覚醒セラピスト&守護龍コーチ 國島 由規子

札幌で守護龍コーチング、カウンセリング、ヒプノセラピー、アートセラピー、数秘、オリジナルセッションのテオーリアをしています。本当の自分気づくこと、あなた自身を大事にすることに注目し、あなたを全力で応援します!どんどん願いが叶い人生がワープする人続出中✨

私はカウンセラーとして、

対面で、カウンセリングを行っています。

このご時世ですから、めっきり減りましたけど(^ω^ )

 

 

一応、ある学校に2年間通い、試験を受けて

カウンセラー資格を取っていますo(^-^)o

 

 

ですけど、資格を取った時点で、すでに疑問があり

私は、協会に属するということをしませんでした。

セオリー通りにやると、しっくりこないのです(;^ω^A

 

 

だから、私は多分、一般に言うカウンセラーの

カウンセリングを行っていません(笑)

 

 

それでも、最初の頃は丁寧にやっていました。

だけど、近年は、もう、かなり自由です。

 

 

クライアントさんのお話を遮ることもある。

これ、あるまじき行為!

 

そして、話を聞かないことも多い。

普通は、うなづき、あいづち、アイコンタクトとか

受容、共感でカウンセリングは行われます。

 

でも、それ、しないことも多い(≧∀≦)

 

 

なんでって、大事なのは技法じゃないと

思っているからです。

 

技法もある意味大事だし、

あるに越したことはないのだろうけど

それが、一番大事だとは思わないんですね。

 

 

でも、これは、私独自の話です。

それを、広めようとは思っていませんよ(^ω^ )

 

大事なのは、クライアントさんが

イキイキとした自分を取り戻すことだと思っています。

そのために、感じていることを

率直にお伝えすることが多いです。

 

 

ある日、Aさんのカウンセリングを行いました。

 

Aさんは、大変な人生を歩まれてきました。

そして、あるきっかけを期に、

自分を見失っておられました。

 

 

初めてでなく、もう、何度かお話を伺っていて、

ある時、Aさんは、こう言いました。

 

 

「私は、必死にやってきたんです!!」

 

真剣に、迫力のある声で、言いました。

多分続きがあったと思うけど

 

 

 

それを、聞いて私、思ったことを言いました。

 

「必死は、おススメできませんね」

 

 

 

 

「 は? 」

Aさんは、キョトンとしています。

 

 

 

私は続けました。

「必死って、知っていますか?

 必ず死ぬ、って書くんですよo(^-^)o

 それを続けていたら、

 疲れるに決まっていますよね!」

 

 

 

一瞬、しーーーん となりました。

 

 

 

 

その後、Aさんは、大爆笑しました(≧ω≦)

 

二人で、ゲラゲラ大爆笑!!

 

 

自分が必死に頑張ってきたことは

自分が自分を苦しめることだったと

 

客観的に見ることができて、

その言動の矛盾が分かり

自分を笑うことが出来るようになったのです!

 

 

 

自分のバランスを取り戻すと、

バランスが悪いときの自分を

客観的に見ることができ、

バカバカしく、笑えるようになりますo(^▽^)o

 

 

 

 

 

 

前回の話の続きなので

読んでいない方はまず私変な子だった④をどうぞ。

お時間がある方は私変な子だった①からどうぞ。

 

~*~*~*~*~*~*~

 

さて、宇宙人👽認定された私。

そのことを、自分なりに消化していた。

頭がフル回転 (@_@)

 

 

なに?

ってことは、どういうことよ??

 

 

今までの人生、母に虐待された

散々な子供時代と思っていた。

母が子育てが苦手だから

私を怒鳴りつけてたんじゃないの??

 

 

でもね、補足しておくと、決して母は

悪い母親というわけではなかった。

具体的にというのは言えないが

愛情があることは、届いていたから。

 

 

だから、怖い存在ではあったけど

母に褒められる(好かれる)

努力をしていたわけで。。。

 

 

 

そして、じゃあ、私が変な子で

つまり、宇宙人👽だから、

母があのようになっていたのか?

 

 

そんな中でも、ちゃんと愛情を伝えながら

私に、この世🌎のルールを

がんばって教えてくれていたの?

 

 

普通の子供と違う反応をする私に

苦労しながら、、、

それで、ヒステリー起していたってこと?

 

 

 

 ん、ん、ん (*´・д・)ン?

 

 

 

 

母は、むしろ、私と言う難しい子(👽)を

育てることを、引き受けてくれた

恩人ということなりますがな(゜ロ゜ノ)ノ

 

 

 なんですと!!!

 

 

 

私の中で、オセロのピースが

どんどんひっくり返っていくように

パタパタと音を立てて、あれも、これも、あの時も!

母がしてくれた、ひとつ、ひとつが

 

 

 

虐待とは真逆の

心からの愛情表現だった

 

 

  ことに

 

 

 

  とうとう

 

 

気づいてしまった!!!

 

 

 

物凄い驚愕と

 

混乱と

 

温かさと

 

罪悪感と

 

嬉しさと

 

 

色んな感情が、入り混じりすぎて

いっぺんに、それらが湧いてきて

 

しばらく、ぼーぜん。。。

 

 

からの。。。

 

 

 

大号泣!!

 

今までも、感謝というものをしていたけど

 

この時ほど心から感謝

という感情が

沸いたことは無かった。

 

 

更に、お母さんを悪者にしていたことに

大きな罪悪感。。。

 

 

お母さ~ん 

 ごめんなさーい💦

 

 

 

そして、次に会いに行ったときに

その気づきをシェアして

母に、心からごめんなさいを伝えました

 

 

だけど、もう半世紀前のことで

母も高齢者なので、

「そんなこと言われても」って

微妙な顔していました(; ̄ー ̄A 

 

 

まあ、いいんです(≧∀≦)

 

 

私が、

謝りたかったからしたことです

自分がしたいように行動すると

自分が救われるのです(*^ω^*)

 

母の反応は、どうでも。。。

 

 

 

 

 

私は、色んな人から、ずーーっと

言われ続けてきているにも関わらず

 

最近まで、

【自分が変わっている】ということを

受け入れていなかった気がする。

変わっているということを言われることに

慣れただけだったのかも(笑)

 

 

子供の頃、友達に聞いたことがある。

私ってどんな人?

 

 

友達は、明るいけど、暗いところもあり

うーん、、、色んな面がありすぎて

「一言でこういう人って言えない人」

という結果だった。

 

小学生、中学生、高校生で

それぞれ違う人に聞いたけれども

結局答えは、ほとんど変わらなかった。

 

 

 

さて、私には3歳上に兄がいる。

兄は子供らしい子供で、明るくて

友達も多く、なかなかの人気者であった。

 

 

その兄と比べて、私は

内向的で、表現をしない、黙る

子供らしい反応をしない、

もっと沢山あるけど

 

母曰く一言で言えば

「育てにくかった」との事。

 

 

でも、母のヒステリーは、

私に原因があるとは

思っていなかった。

 

 

それは、兄が私以上に

怒られていたからだ。

だから、ただ、母がそういう人なのだ

と思っていた。

 

 

子供の時は、理由なく(?)

いじめを受けるので、とてもイヤだった。

 

だけど、大人になって

いじめには遭わないにしろ

結局「変わってる」と言われるので

そう言われるのが普通になってきた。

 

ただ、何をもって変わってるというのか

分からないままなので、

納得がいっていないという感じ。

 

 

 

つい数年前、波動測定なるものを受けた。
特殊な機械で、その人のエネルギーを
測定してくれるもの。


その機械では、-40~+200まで測れる。

測定項目は20個以上あって

それぞれ +60~80というのが良好な数値。

 

 

いざ、計ってみたら

測定項目の約8割が +200と出た。

 

 

 

先生の言葉

 

 「宇宙人ですね👽

 

こういう人は、子供の頃も

一般のことが参考にならないので

親御さんは育てにくかった

でしょうね~」

 

 

 

 えええーーー!!!(゜ロ゜ノ)ノ

 

 

母以外から、私が育てにくいという

話が出たのは初めてだったので

驚いた!

 

 

私が普通で、母が子育てがヘタなのかと

思っていたら

なんと!私が宇宙人👽だったみたい(笑)

 

 

 

私変な子だった⑤へ もうちょっとつづく。。。

 

 

 

 

 

 

 

私は子供の頃、母に、毎日怒られていた。

母は怒ると、ヒステリックに

甲高い声で怒鳴る。とても、怖かった。

 

だから、怒られないようにするのは、

もちろんだが

なんとか褒められたいと思っていた。

 

 

保育園前は、養護施設にいたのだが

施設には大きい子もいるので

いじめの内容が辛辣だった(; ̄ー ̄A 

 

親元に戻って

3歳から保育園に行きだした。

周りが幼児だからか、

いじめは、まだ、マシだった。

 

家でも、母からいつも怒られる日々で

なにか、お手伝いをして褒められたいと

私なりに、頑張っていた。

 

でも、大概、

「余計なことして!!!」と怒鳴られた。

 

だから、何もしないようにしたら

それはそれで、

「お手伝いをしなさい!!!」と怒られた。

 

 

さて、保育園ではお弁当を持っていく。

帰ってきたら、母はパートで居ないので

お弁当箱を水に浸しておくのが私の仕事。

 

でも、それをしても

残念ながら、褒められることはない。

 

過去にお弁当箱を、洗って怒られた。

 

 

今思えば、

洗ったものが綺麗になっていなかったから、

洗いなおす必要があったという

二度手間だと怒ったのも理解できる。

 

 

当時は、まだ、3~4歳なので

そこまでの理解が及ばない(; ̄ー ̄A 

 

どうすれば褒められるか分からなかった。

 

 

 

そこである日、いいことを思いついた!

 

 

名付けて、

  半分洗っておく作戦

 

 

私は、凄く褒められることを

アリアリと想像しながら、嬉々として

しっかりと半分を洗った。

 

ちゃんと、半分洗ったことが分かるように

汚れたところを、綺麗にしないように

きっちり、半分を丁寧に洗った!!!

そして、水につけておいた。

 

 

これは、すごい!名案だ(* ̄ー ̄)V

完全に自画自賛していた!

 

 

 

母が帰ってきて、すぐに台所に行き

お弁当箱を洗い始めた。

 

 

私は、来るぞ、来るぞ!

誉め言葉の嵐が来るぞ(≧∀≦)

と、大いに期待して、

知らんぷりをしていた。

 

 

 

母は「なんだこれ?」とつぶやいた。

私はわくわくしていた。

 

 

母が「これどうしたの?半分だけキレイ」

 

私は、褒められる前提で自慢げに

「うん!半分だけ洗っておいた(≧∀≦)」

と答えた。

 

 

「なにやってんの!あんたぁー!!

水も洗剤も無駄にしてぇーー!!!」

 

またも、怒鳴られた (゜ロ゜ノ)ノ

 

 

 

あれ? そんなはずはない

私は、何が起きているか分からず

パニックになった(; ̄ー ̄A 

 

 

 

母よ、そんなに簡単に怒鳴らずに

3歳児の意図をくみ取ってくれ。。。

 

 

 

私、変な子だった④ つづく。。。

 

 

よく「あんたは頑固だね」と言われた

 

私からすれば、それを言う人が

頑固なのだ(笑)

人は、自分の思う通りに生きていい

生き抜くためにルールを身につけなくては

ならないのは理解しているが

そんなことは、最低限でいいと思っている

 

でも、母はその母(祖母)から

言われるとおりに生きてきたそうだ

 

だから、

いちいち「なんで?」

「どうしてそうしなきゃならないの?」と

聞く子供だった私のことを

「育てにくかった」と言われた(笑)

 

母からは「そういうもんなの!」

と、よく言われた

 

でも、私は矛盾しているから聞いている

ウソをついてはいけないと教えられたのに

あるときは「ナイショだよ」という

 

本当のことを言いなさいと言われたから

本当に思ったことを言えば

「傷ついた」「それは言うもんじゃない」と

 

矛盾だらけで

全然、意味が分からなかった

 

生きていくことは難しい

この世のルールが分からない

人と上手くやっていくことは難しい(^-^;

 

だから、私は学んだ

「そういうもんだ」という世界を

一個一個、こういうときのそういうもんだを

身につけることで、生き延びてきた

 

だから、みんなと同じように

振舞うことを努力した

結構、頑張ったし

上手くやれてたと思う

 

それでも、私のことを

普通扱いする人はいなかった

どうやっても

変な子

 

それが、成長したら、

立派な変な人になった(笑)

 

 

私、変な子だった③へつづく。。。