ショートショート「木屋町センチメンタル」(改訂版) | 「空虚ノスタルジア」

「空虚ノスタルジア」

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 関西の出張の合間、私は半日だけ京都に寄ることにした。淀屋橋から京阪電車に乗り、祇園四条の地下を抜けると、懐かしい、心地良い秋風が吹いた。10年の歳月を経ても殆ど変わりのない景色、四条大橋から眺める水鳥も相変わらず観光客を賑わせる。喧騒の波間を潜り、私は木屋町へ足を進めた。年甲斐もなく騒めくのは年を取った証拠かもしれない。

 

 サラサラと流れる高瀬川に目をやり、私は夢現な感覚に浸った。日々の忙しさもそうだが、生まれ育った故郷の匂いはしがらみを解き放ち、私を少年にする。私の中の奥深くに眠っていた群青が目を覚まし、無防備に溶ける。君がまるで隣に存在しているかのように。

 

 しかし、期待に胸弾む私の前に甘くない現実が待ち構えていた。君と何度も訪れた喫茶店が跡形もなくオフィスビルに変わっていたのだ。「まさか……」と「やはり……」相反する言葉が喉元に絡み付いた。仕方ない、適当に飯を食って淀屋橋まで戻るか。恨めし気にオフィスビルを見上げ、息を吐くと、頭にふともうひとつの喫茶店が過ぎった。衝動的に後ろを向くと、町並みの中に小さく、だが確かに、それがあるのを見付けた。

 

[喫茶 portrait]

 

 私は舞い上がる気持ちを抑え[喫茶 portrait]に近付いた。閉め切ったカーテンにより、中の様子は窺えないが、ドアにはちゃんと「営業中」のプレートが掛けられている。喫茶店が好きな私たちはこの目と鼻の距離をよくハシゴしたものだ。噴き出した記憶に急かされ、私は濃い夕焼けのような木製のドアを開けた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 若い女店員に出迎えられ、2階に上がった。私と同じくらいの年の頃のマダムの集団を潜り、窓際の席に腰掛けた。窓の外には枯葉を纏った木々と高瀬川。春には桜が咲き、ここからの眺めは格別なものとなる。相変わらず青に包まれたな店内を眺め、静かな喧騒に耳を傾け、あたたかい珈琲を啜った。この程よい苦さは君が好きだと笑った苦さだ。あたたかいまま飲み干したい。しかし、苦さに長く浸ってもいたい。小さな葛藤を抱えながら午後の解放は流れていく。珈琲とミルクのように期待と絶望の調和した午後だ。

 

 君は今頃。

 そんな砂糖を追加し、私はまた珈琲を一口啜った。

 

 

 

(完)

 

 

 

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