長編小説「枯渇」 22~俎板~ | 「空虚ノスタルジア」

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「意外と淫乱なんだね。セックスなんか興味ないみたいな顔してるくせに」

「うるっせぇな。見た目で判断すんな」

「まっ、俺はそっちのがいいけどね」

 

 唇が乳輪に跨ると、俺の乳首にヒンヤリした感触が這った。堪え切れない吐息に呼応するように滑らかな舌は愛撫を加速させた。最初こそ気恥ずかしさが先行し、懸命に音を噛み殺したが、2度目ともなると、酔いが回ったみたいに本性が顔を出す。

 

「今度は俺にもやってよ」

 

 乱暴に髪を掴まれることさえ恍惚の材料となり、思わず「はい」と頷いた。こんな男に支配されるのは屈辱以外の何物でも無い。灯りの点いた部屋の中を見回し、ここが自分の聖域であるのを確かめると、俺は「先輩」の殻を破り捨て、彼……中川の上に乗った。まさか、バイト先の陽キャなイケメンとセックスすることになるとは……数時間前の俺なら「馬鹿げた夢」と一蹴したに違いない。

 

 

「先輩、やっぱり先輩だったんすね」

 

 喫茶店で血眼になっていたとき、前に書き込んだサイトから通知メールがあった。信じてもいない神に感謝を捧ぐような気分で返事を送ると、彼も(コウキと名乗っていた)あの田舎駅の近くに居ることが分かり、話はとんとん拍子にすすんだ。待ち合わせの約束にこぎ付けるまで30分も掛からなかったと思う。とにかく渇きを埋めたかった。だから、一切の警戒も、顔写真の交換さえしなかったのだ。

 

「とぼけても無駄っすよ。先輩がゲイなのは薄々勘付いてましたから」

 

 乗り換え以外にほぼ利用者がいないあの駅での待ち合わせがアダとなった。なんせ改札の先には俺と、相手が俺だというのを最初から知ってたような薄笑いの中川しか居なかったから。そりゃぁ、二重にも三重にも衝撃だった。衝撃のあまり言葉が出ず、あとはもう言われるがままだった。「ホテル代が勿体無いから」と家に向かい、電車内では互いのゲイ歴を明かした。中川がバイト先の女の子に全く靡かなかったのは俺と同じだったからだ。正直、その時点ではまだ半信半疑だったが、家に着いた途端、中川がディープキスを仕掛けてくると、猜疑心の欠片も無くなった。急激な体温上昇に朦朧となり、そこからは……言わずもがな。

 

「何か同種の人って分かりません?直感っていうか、同じ匂いを感じるんすよ。まぁ、先輩は全然女の気配も無いから分かり易過ぎっすけどね」

 

 浴室で湯とともに浴びせられた弾丸。しかし、裸の中川に五感を奪われた俺にはそれはあまりに鈍い痛みだった。日頃、バスケをやっているというだけあって、彫刻のように引き締まった身体。意外と濃く生い茂った陰毛、俺のとは比にならない立派に上反った陰茎。蒼汰も大概だが、普段の顔を知っているだけ、中川の裸は俺の思考を塞ぐに充分だった。

 

「なーにジロジロ見てんすか?まっ、見惚れる気持ちも分かりますけどね」

 

 睨むように笑うと、中川は半透明な液を掬い上げ、その指先を強引に口に押し込んだ。主従の完成だった。背景があろうとなかろうと中川と性の悦楽を分かち合っているのは確か。なら、歯向かう方がどうかしてるってものだろう。混じりっ気のない恍惚。この為の生だから。

 

 

「なぁ、分かってると思うけど……」

「誰にも言いませんよ。ってか言えませんよ。先輩はともかく、俺にも立場ってもんがありますから」

 

 黒板を爪で引っ掻いたような不快さをなぞりながら、一服に耽る中川に目をやった。睨むという名目だが、実際は違う。椅子に胡坐を掻く中川の裸体を記憶に焼き付けておきたかった。均整の取れた文句の付けようがないこの男にとって、セクシャリティだけが唯一のネガティブ事案なのだろう。まぁ、仮に周囲にバレたとしても、コイツなら「むしろ歓迎」ってムードになりそうだが。どこまでも不公平だ。全く。

 

「こういうの憧れてたんすよ。職場恋愛ってやつ。なんかスリルがあっていいじゃないっすか。だから辞めないでくださいね、せーんぱいっ!」

 

 俺の一服も待たずに中川は猫撫で声で肩を抱き、ベッドに押し倒した。スリルなんか求めちゃいない、どちらかというと願い下げだ。セックスの理由が「同じ職場だから」なんて、もはや喜劇じゃないか。ローソクの火を消すように「フッ」と短い息を吐くと、俺は喜劇に喜劇を被せた。

 

「お前も辞めんじゃねぇぞ」

「はいはい。了解」

 

 どうやら今夜は眠れそうにない。嬉しい悲鳴を上げながら俎板の鯉のように固く目を瞑った。スリルの有無はともかく、今、俺を生かすのはコイツだけ。コイツの身体だけなのだ。抗えはしない。それがどれだけ惨めでも屍になるよりかはずっとマシである。

 

 

(最終話に続く)

 

 

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