長編小説「思春期白書」 15~初恋を知った日~ | 「空虚ノスタルジア」

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熱を帯びたコンクリートより、クラスメイトの活気は熱い。水の中に飛び込むことの何が楽しいのか、泳げない僕からすりゃ、そんなものは魚に任せとけばいいってものだ。まあ、男子の活気は、プールじゃなく、女子の水着姿が殆どなのだろうけど、露骨なのはエロコンビぐらい。誰の胸がデカいだの囁き合う声は正直過ぎて素晴らしいとさえ思う。不自然なまでに視線を外す板橋たちのチキンぶりと比べりゃ、堂々とエロくいられる方が逆に清々しい気もするけど。

 

だが、視線を外すって意味じゃ、僕も板橋たちと同レベルだ。前列に立つ、ヒロの背中を避けるように隣の永沢と会話を重ねる。ちなみに、更衣室の光景に勃起の要素は今のところは無い。家から水着を着用するのは、どうやら常識の類のようだ。まあ、僕もそうしたし、問題は終了後だけどさ。濡れた水着は何が何でも脱がなきゃならない。

 

「佐藤はこっちへ来い!」

 

準備体操を済ませ、クラスメイトたちがより湧き立つ中、体育教師の田辺は僕をプールの隅っこへと誘導した。「泳げない」と、自白した僕は皆とは別メニュー。それは分かっているのだが、他に名前を呼ばれた奴は居ない。つまり、泳げないのは僕1人。何とも残酷な現実を突き付けられ、顔が真っ赤に染まる。最低でも他に1人ぐらいは…そんな見通しはあまりに甘過ぎたようだ。周囲の顔を確認する余裕も無い。「頑張って」と、微かに永沢の声が背中をなぞるけど、励ましじゃなく憐れみにしか感じない。僕の心が狭いだけかな…

 

「どうした?さっさと飛び込め」

 

足が付くかどうかを確かめる間も無く、勢いよく背中を押され、その瞬間、恐怖とともに過ぎったのは田辺は本物の鬼だという確信だ。手足をジタバタしながらもがく様は、周りからすりゃ恰好の笑い者だろうけど、そんなことはもはやどうでもいい。逞しい筋肉もそうだが、ブーメランパンツという必要最低限の面積で股間の大きさを誇る鬼に慈悲を求めるのが精一杯だ。

 

どうにか、底に爪先が立つと、視線の斜め上に股間があった。クラスメイトたちにもしっかり目を配る姿は教師としては合格だろうけど、股間を際立たせる水着はいかがなものか。色黒く焼けた肌に逞しい筋肉はともかく、上向きのモッコリは完全なセクハラだ。女の体育教師、植木の露出の抑え方を少しは見習えばいいのに。

 

だが、不平不満に不安、あらゆる「不」を兼ね備えた僕にも救いは訪れた。皆のヒーローが飛び込みの列を抜け、こちらへやって来たのだ。

 

「先生、俺が教えるんじゃダメですか?先生も付きっ切りってわけにはいかないでしょうし」

 

本来ならば、ヒロの提案は「差し出がましい」と、一蹴されるだろう。けど、クラスメイトに限らず、教師からの信頼も厚いヒロ。体育教師は最初こそ難色を示したが、結局はヒロに押される形となった。

 

「お前ならいいか。じゃ、任せた」

 

やけにあっさりとした引き際。まあ、田辺からすりゃカナヅチの中学生など相手にしたくないのが本音だろう。先生!お手本見せてよ!トシを始めとした沸き立ちに応えようと早速、スタート台に立つ。

 

「張り切ってるなぁ。あのパンツはどうかと思うけど」

 

苦々しく笑い、ヒロは美しいフォームでダイブする。僕なんかの相手よりヒロだって思いっ切り泳ぎたい筈。だが、それは愚問だ。

 

「気にするなって。どうせ泳げる時間は僅かだし、夏休みになりゃ市民プール三昧だ」

 

髪から滴る雫がはにかんだ笑顔に伝う様は男性アイドル雑誌のグラビアのように神々しく、僕の胸はコンクリートも活気も陽射しさえ敵わないほど、熱くなった。この初めて知った高鳴りを恋と呼ぶのか?僕にはまだそれがよく分からないけど、泳げなくてよかった。そう思ったのは確かだ。

 

時折、プールサイドから嘲笑が飛んだ。板橋だ。水中に目を開けることすらままならない幼稚園児以下の不様さは彼らの餌食。いかに情けないかは僕が1番把握しているし特に気には留めなかったが、嘲笑が取り巻きの連中に連鎖すると、ヒロは「一生懸命に頑張ってる奴を笑うな!」と、一喝した。大西のときもそうだけど、敵に回せばヤバい板橋たちに噛み付く正義感に不安が過ぎる。だけど、悪に対し果敢に立ち向かうヒーローに、僕の熱は上昇の一途を辿った。むしろ、ブラウン管の中から飛び出したようなヒーローに熱くならない方がどうかしてる。

 

「泳げるようになってアイツらを見返してやろうぜ」

「…う、うん」

 

…勝手に思いっ切りハードルを上げられた気もするが、ヒロが言うなら可能かもしれない…いや、泳げるようになれば、ヒロにもっと近付ける。そんな期待を膨らませたのかもしれない。光にはなれなくても、影の最下層から影の最上層なら…ピラミッドに収まるクラスメイトを頭に浮かべ、僕は水中に潜った。

 

現実はそう容易くない。鋭い目付きの僕が囁く。だけど、迸る熱は上昇を続けた。理論的な説明が付かない想い。

 

やはりこれは恋なのだろう。

 

僕は水中に初恋を知ったのだ。傍目から見りゃ瑞々しさとは掛け離れていても、これは僕の初恋。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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