長編小説「生者の行進-Still alive-」 28~青空とジェンガ~ | 「空虚ノスタルジア」

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俺は祐太の何を知っているのだろう?

 

初対面に抱いた印象は「ぬるま湯」、後先考えずにこの街に来て、媚びた姿勢で周囲から守られて、終始能天気、甘やかされて育ったに違いない、はっきり言えば不愉快な奴だった。妙に馴れ馴れしい態度に何度蹴飛ばそうと思ったか。

 

だが、アイツが日常に絡む度に、俺の中の忘れ掛けていたものが目を覚ました。捨て切れなかった感情が。

 

 

301号室のドアを叩くと、静かに祐太が顔を出す。不安気な、怖がりな、産まれたての雛みたいな顔。赤く腫れた目は痛々しくとも愛しい、コンビニ袋を掲げながら軽く笑うと、祐太はぎこちない笑みを浮かべた。

 

「早くに悪いな。寝てたんじゃないのか?」

「いえ、起きてました。あの…後頭部の痛みは?」

「大丈夫だ。頑丈だけが取り柄だからな」

 

キャサリンは俺と祐太が「同じ」だと言った。互いに過去を隠したままそれでも互いに救いを乞う「似た者同士」だと。コイツが俺に執着したのは「共鳴」だってさ。もしかしたら、俺が大樹の面影を感じたように、コイツも誰かの面影を感じたのかもしれない。隠された過去に立つ「誰か」の。

 

 

「このクロワッサン、美味しいです」

「コンビニのパンってのも侮れないな。ほら、アンパンも食えよ」

 

沈黙を恐れるように饒舌になる俺らは確かに「似た者同士」かもしれない。なるべくパンをゆっくり頬張ったり、やたらとコーヒーカップに口を付けたり、結局は沈黙を避けられないというのに、悪足搔きのオンパレードだ。どちらが本題に切り込むか探り合う歪な空間、先に音波を発したのはむず痒さに耐え切れぬ俺の方だった。

 

「…祐太。俺はお前に話さなきゃならないことがある」

 

たちまち笑みが崩れる祐太に微笑を浮かべ、俺は自分の胸に拳を掲げた。話す順序がバラバラになりそうだが、長い過去だ。ただでさえ覚悟が微妙に揺らぐのだから、その辺は勘弁願いたい。

 

「玲奈が言ってた通り、俺は父親に空手を習っていた。身体のなまりを考慮してもあのチンピラ共なら充分勝てたと思う」

 

コンビニ袋がパサパサと音を立てるだけの静寂に祐太の真剣な眼差しは鋭い。だが、俺は続けた。鮮明さを帯びた過去を指でなぞるように。

 

「高2の時、親友を殴った。大樹って言うんだが、玲奈と同じ、幼馴染だった。怒りに任せ暴行に及んだ自分が許せなくてな、それ以来、拳は封印したんだ。勿論、色々と経緯はあるんだが、その…何て言うか…」

「いいですよ、無理しないでください。拓斗さんがどれだけのものを抱えてるか、その重さだけは分かっているつもりです。それに…僕だって…」

「別にお前も話すよう強要するつもりは無い。ただ、お前とちゃんと向き合いたいって伝えたかっただけだ」

「…」

「だけど、くれぐれも気を付けろ。俺だっていつでもどこでもすぐに駆け付けられるわけじゃない」

 

深く頷く祐太をテーブル越しに確認した俺は隣に回って軽く頭を撫でた。それは祐太のためじゃなく、俺のためだ。口に出した過去は想像以上に傾きへ誘う。これ以上を語れば声を詰まらせたかもしれない。

 

「拓斗さん、ありがとうございます」

 

返事の代わりにキスをやれば、俺らは単純な方程式のままにベッドに横たわる。胸に耳を当て、伝う鼓動は祐太のものか俺のものか、その共有がセックスの醍醐味なら、目映さに視界を置くのは、きっと間違いじゃないのだろう。

 

「お前が…火を点けたんだぞ」

「僕のせいですか?」

「違う。きっかけの話だ」

 

よく知る無垢な笑みが宿り、俺らはそれ以上を交わさぬまま本能に侵された。この体温は新たな支え、それならば俺の「生」は風向きを変える。そんなことを考えたかもしれない。だが、体内に入る祐太自身の速さは、邪魔な理性を振り払い、俺は恥も外聞も無いように、抑えの効かない喘ぎを漏らすのだった。満たされるという快楽を卑猥な舌に味わいながら…

 

 

「そういえば、玲奈さん、暫くレイコさんにお世話になるみたいですね」

「全く…一体いつまで居るつもりなのか…」

「そんな言い方はダメですよ。拓斗さんの事を心配してるんですから」

 

 

青一色の空は一番嫌いな景色だったはずなのに、何故か今は無性に眺めたい。祐太の苦言に膨れながらも、視界に映るのは澄み切った空、昼過ぎの閑散とした街が放つ寂寞さえ、黎明に思える程だ。

 

とはいえ、憂鬱が消え去ったわけじゃない。昨夜の一連を店長が知ったかどうか、モスキート音みたいなノイズが流れる。それは祐太も同じらしく、垣間見える表情はどこか浮かない感じがした。玲奈の話題を持ち出そうとも、答えは近付く一方、腹を括るしかない…か。

 

 

しかし、店に到着するまでのカウントダウンを始める頃、祐太の顔付きが豹変した。「浮かない」などというレベルじゃない、幽霊でも見たかのような青白い表情が、裏路地の雑居ビル前に立ち尽くす1人の少女を捉えている。そもそもの人通りが殆ど無いのに少女とは…年は17,8くらいだろうか。

 

「どした?知り合いか?」

「…先に行っててください」

 

言葉と同時に駆け出した祐太に、俺は思わず電柱の陰に隠れた。少女からは少し距離があるのだが、鬼気迫る表情、その迫力だけはヒシヒシと伝わり、尋常じゃない何かを醸し出す。

 

どうやら、まだ波乱は続くらしい。しかし、この先読みは後に間違いだと気付く。波乱より最悪な展開は、ようやく積み始めたジェンガを再び崩壊させるのだから…

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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