長編小説「ミズキさんと帰宅」 38~和服美人の正体~ | 「空虚ノスタルジア」

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濃厚でありシンプルな味が際立つチーズケーキを口にしながら、この空間の中でこんな重い話をしているのは私たちだけだろう、などと思った。

明秀君の話を聞くとリサの言ってたことと少々食い違いがあることに気付いた。彼は名門の小学校を途中で辞めたわけでなく、受験自体に失敗していたのだ。そして中学校も。いや、中学校に関しては「わざと」と付けた方がより正確だろう。
「僕の…ささやかな反抗だった。なんていうか、息がつまるんだよ。兄も姉もいつも部屋で勉強、または習い事とかしててね、遊んでもらったこともないし、兄弟なのに敬語を使わなきゃいけないんだ。異常だよ、あの家は。食事だって会話なんて殆どないし笑い声は明らかに偽りだ。親父は兄と姉ばかり可愛がって僕には常に冷たく当たった…それが許せなくて僕は間違った答えばかりを選んだ。親父の顔に泥を塗るためにね」

それで言われたのが「出来損ない」まるでドラマの中の世界だが、これは現実なのだ…そう思うとチーズケーキも紅茶も味が分からず、胸から込み上げてゆく想いに押し潰されそうになる。

「それから僕はあの家では完全に存在していないのと同じような扱いになった。母は気に掛けてくれたけど親父の前じゃ何も言えない人だからね。で、高校進学と同時に僕は都内に住む親戚の家に預けられたんだ。親父は厄介払い出来るし僕はあの忌々しい牢獄から抜け出せる、互いの為に最適な方法だった」

リサは大学進学と同時に上京と言ってたが、人の話など多少食い違うものなのかもしれない。リサだって中也君から話を聞いたわけだし…
「そういえば高校は中也君と一緒だったんでしょ?」
「ああ。実は僕、中学の時、いじめにあっててね…正直、高校生活が不安で仕方なかったんだけど、アイツが色々話しかけてくれて、僕のこれまでの話も泣きながら聞いてくれてね。嬉しかった…今でもずっと自慢の友達だよ」

その関係って、私にとってはリサとハナのようなものだろうか?2人の顔を浮かべながら「自慢の友達」だと心の中で呟いてみる。

「悪いね。暗い話を聞かせちゃって、ナツミちゃんにはどうしても聞いてほしかったからさ」
「ううん、いいの。辛いことを言わせちゃってこちらこそごめんなさい」
「…いや、僕なんか気楽なものさ。毎月、それなりの額を振り込んでもらってこうして毎日スイーツを食える。皆に悪く思われるのも当然なんだよ、あれだけ嫌ってる親父に結局は頼ってるんだからね。それは僕の…」
そこまで言うと彼は難しい顔をして考え込んだ。私は何か言おうと思ったが現在バイトをしているわけでもなく、将来やりたいことが未だに見つかっていない私がそれを口にしても説得力の欠片もないというものだ。
だけど、一つだけ言えることがある。
「明秀君、もうスイーツを買ってくるのやめたらどうかな?振り込んでくれるっていってもそういう使い方は違うと思うの。皆、買ってもらって当然って感じで…私も皆の事言える立場じゃないけど、でもこんなお金の使い方間違ってる。私から皆に話すわ。本当は明秀君だってやめた…」
「やめてくれ!」

テーブルをバンっと叩く音と叫びに、私は…いや、店内は一気に静けさに包まれた。周囲の視線が私たちに注がれる中、彼は何度も首を振った。

「あ…ごめん。ありがとう、気遣ってくれて。でも、いいんだ、今のままでいいんだよ。ナツミちゃん、頼む、何もしないでほしい。お願いだ、お願いします!!」
…その行為をやめてしまえば皆から仲間外れにされるかもしれない。そんなことで仲間外れにするような子達ではないはずだが、明秀君はきっと本気でそう思っているのだろう。そう考えると私も迂闊に動くことは出来ない。行動には責任が伴う、彼がテーブルを叩いたとき、その基本的なことを思い知ったのだ。

「…わかった。今まで通りでいいのね?けど、明秀君、気が変わったらいつでも言って。私に言い辛かったら中也君に」
「ありがとう。実はさ、中也にもさっきナツミちゃんが言ったことと同じ事言われたんだ。それはともかく色々とありがとうね」
穏やかな顔で彼は何度も礼を言い、割り勘で勘定を済ませて店を出ると「ちょっと寄るところがあるから」と、明秀君は駅とは反対の方向を向いた。
「本当にありがとうね。また月曜日」
「うん、何かあったら言ってね」

何かあったら言ってね…そんな言葉、言われることはあっても自分から言うことなんてこれまでなかった。そもそも人に相談されることなんてなかったし、何か問題点を見つけても「誰かが解決してくれる」と完全に他人事としてきた。
これもまた変化なのだろうけど、今の自分に何も出来ないならば、変わらないのと同じかもしれない…

重い空気を背負っているような顔で電車を降りると、私はそのまま家へと向かった。ミズキさんとのデートが日常になっている私としてはかなり早い帰宅である。
「ナツミちゃん!」
駅前広場で呼び止められ振り返るとそこには紙袋をいくつか持った杏里さんが立っていた。
「杏里さん!どうしてここに?お店は?」
「事情があってね」
杏里さんが白い息を吐き出し呟くと、人込みをかき分けて薄い緑の和服を着た綺麗な年配の女性がやってくる。目や口元にどこかキツそうな印象を受けるが私にははっきりと分かる。

(ミズキさんのお母さんだ…)

初めて会うのがまさかこんなところとは、それはあまりにも突然すぎて私は頭が真っ白になり息を呑んで立ち尽くすしかなかった…

(続く)



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